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旧ソ連の戦闘機「ミグ」、函館空港強行着陸から40年 混乱と恐怖、不測の事態に教訓

北海道新聞 9月7日(水)7時30分配信

冷戦の緊迫 爆音とともに突然

 1976年9月6日午後1時50分ごろ、旧ソ連の戦闘機ミグ25が函館空港に強行着陸した。東西冷戦下、爆音とともに函館を緊張状態に巻き込んだ「ミグ25事件」から40年。当時の目撃者たちは、北朝鮮の相次ぐミサイル発射など国際情勢が緊張感を増す中、不測の事態に備える重要さをあらためて実感している。

 「世界最音速といわれる超軍事機密とされた飛行機が、今まで聞いたこともない爆音とともに函館空港に滑り込んだ」。2000年発行の函館空港ビルデング創立30周年記念誌が、あの時の衝撃の大きさをそう伝えている。

 ビクトル・イワノビッチ・ベレンコ中尉が米国亡命を果たすために強行した函館空港への着陸。中尉と機体の即時引き渡しを求める旧ソ連に対し、自衛隊が厳戒態勢に入り、函館は騒然となった。

発砲でけが? 奪還に来る? うわさ絶えず

 同社の水落澄雄常務(67)は公休だったこの日、湯川町の自宅で「爆音」を聞き、閉鎖された空港に駆け付けた。実際は、ベレンコ中尉が機体の撮影者にフィルムを差し出させるために行った威嚇射撃の音だったが、「パイロットが発砲し、工事関係者がけがをしたという話が流れた」という混乱ぶりだった。

 水落常務はさらに「旧ソ連が飛行機を爆破するとか、奪還に来るといううわさも流れ、恐怖を感じた」と振り返る。

 中林重雄副市長(67)は当時、市役所に入ったばかりで厚生部(現保健福祉部)の職員だった。ミグ25が超低空飛行で日本の防衛網をかいくぐったことに「日本と旧ソ連の軍事力に大きな差がある事実を見せつけられた気がした」と話す。

 ベレンコ中尉は1日足らずで函館を離れ、米国に移送された。機体は函館空港に19日間留め置かれた後、茨城県の航空自衛隊基地へ。米軍と空自が詳細に調査した上で、旧ソ連に返還された。

常に緊張感必要

 あれから40年が経過した今。北朝鮮がミサイル発射を繰り返しており、5日には奥尻島の西方沖約200~250キロの日本の排他的経済水域(EEZ)内に着弾するなど、日本周辺の緊張感が増している。

 着陸直前のミグ25を目撃し、事件にまつわる講演も行っている函館山ロープウェイの桜井健治専務(69)は「あの時は津軽海峡の厳しい警備などを見ていて、何が起きてもおかしくないという雰囲気になった。常に緊張感を持っていないといけないと、あらためて思い返される」と語った。

北海道新聞

最終更新:9月7日(水)7時30分

北海道新聞