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「右翼も左翼もあっていい」 右翼団体元最高幹部がたどり着いた答えとは

AbemaTIMES 9/7(水) 15:36配信

「僕のことを周りは右翼というが、それは今の自分にとってはあだ名みたいなものだ。」

そう話すのは、右翼団体である一水会、元最高幹部の鈴木邦男氏。一水会とは、対米自立・対米対等な真の独立国家を目指し昭和47年に結成された右翼団体で、現在も様々な活動を行っている。そんな団体で40年以上活動してきた彼にとって“右翼”とは?

インタビューにより紐解いていく。

――そもそも、右翼・左翼って何ですか?

フランス革命後に議会が開かれたその時、議長席から見て右側にいたのが保守派、左側にいたのが革新派。そして議長席から見た議会が鳥の翼に見えたため、右翼・左翼となりました。

――街でたまに見かける街宣車やデモなどにはどういった効果があるのですか?

それしか運動手段がなかったんですよね。右翼も左翼も過激な行動によって捕まったりしますが、それでも自分たちの言いたいことをメディアに取り上げてほしい、という思いで違法行為を繰り返していました。

――その活動を突き動かしていたものは何ですか?

愛国心です。しかし、右翼を40年以上やってきて、愛国心に基づいた運動はかなり過激になりやすく堕落しやすいということが分かりました。昔は愛国心なんかいらないという人もいたが、今はそんな人はいません。日本に生まれた時点で愛国心はあるに決まっている、それがわからないやつは人間じゃないというレッテルを貼られるなど、かなり低い段階で共通点を求めています。こういうのは非常に危ないです。

――長きに渡って右翼として活動してきましたが、今たどり着いた考えを教えてください。

僕自身は、右翼・左翼があっていいと思います。自分では傲慢かもしれないが右も左も超えたと思っていて、周りから右翼だと思われても、それはあだ名みたいなものだと考えています。右翼の中でも、朝から晩まで右翼な人なんていないですよ。同じく左翼も。左翼だって言いながらも家に帰ると拡張的な人だってたくさんいるんですから。その人の中でのパーセンテージの違いだけだと思っています。

“右翼も左翼もあっていい”

40年以上右翼として活動してきた鈴木氏のたどり着いた考えが、右翼・左翼それぞれの人々に届く日はくるのだろうか。

最終更新:9/7(水) 20:09

AbemaTIMES

北朝鮮からの脱出
北朝鮮での幼少時代、『ここは地球上最高の国』と信じていたイ・ヒョンソだったが、90年代の大飢饉に接してその考えに疑問を抱き始める。14歳で脱北、その後中国で素性を隠しながらの生活が始まる。 これは、必死で毎日を生き延びてきた彼女の悲惨な日々とその先に見えた希望の物語。そして、北朝鮮から遠く離れても、なお常に危険に脅かされ続ける同朋達への力強いメッセージが込められている。