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「ハドソン川の奇跡」映画化までのハードル

ウォール・ストリート・ジャーナル 9月7日(水)11時57分配信

 感動の実話に基づくストーリーが、必ず質の高い映画の題材になるとは限らない。「スポットライト 世紀のスクープ」や「ゼロ・ダーク・サーティ」といった映画はアカデミー賞に値する作品だったものの、実話に基づきながらも記憶に残ることなく消えていったものも数多く存在する。

 9日に全米公開される「ハドソン川の奇跡」(日本では9月24日公開)は、2009年1月にニューヨークのハドソン川に不時着したUSエアウェイズ1549便を取り上げた作品だ。見る者をくぎ付けにしたあの事件は、多くのニューヨーカーたちにとって忘れられない出来事でもあった。作品はクリント・イーストウッドが監督し、主役のパイロットはトム・ハンクスが演じる。

 しかしあの日、ラガーディア空港を飛び立った1549便は、わずか6分しか空を飛んでいない。離陸直後に鳥類の衝突(バードストライク)によってエアバス社製A320機の両エンジンが操作不能になると、機長のチェズレイ・“サリー”・サレンバーガーは208秒(3分28秒)の間に対処方法を決めなければならなかった。そして飛行機がハドソン川に不時着すると、そのわずか数分後には乗客150人と5人の乗員を救うべく救助活動が開始されていた。

 離陸から不時着までの出来事をのぞく残り90分間の上映時間で、何を描くか。実話をスクリーンで再現するにあたり、製作陣が苦労したのはその点だ。

 サレンバーガー氏は作家のジェフリー・ザスロー氏と共に、事故の数カ月後には回顧録「機長、究極の決断」を出版している。2009年のベストセラーとなった同作は、離陸から不時着までの経緯が細かく記載されているだけでなく、パイロットとしてのサレンバーガー氏の経歴についても触れている。本は映画公開に当たり、「Sully(サリー)」(訳注:映画の原題)とタイトルを変え、トム・ハンクスを表紙にした形で再び本屋に並んでいる。

 しかし映画の脚本を担当したトッド・コマーニキ氏は、ストーリーを全く違う方向に転換した。彼が映画の核に選んだのは、不時着を調査する米国家運輸安全委員会(NTSB)との攻防だ。エンジンの出力を失った状態でも飛行機は川に不時着する必要はなく、ラガーディア空港まで無事に戻れたとする当初の解析結果も作品内では紹介される。 

 委員会のパネルは何カ月にもわたってサレンバーガー氏と副操縦士のジェフリー・スカイルズ氏に厳しく聞き取り調査を行った。そのヒアリングは劇中でも展開され、「まるで西部劇の決闘のような雰囲気」を醸し出しているコマーニキ氏は話す。

 映画化が決まった当初から、「ハドソン川の奇跡」は前途多難だった。コマーニキ氏が脚本に2度目の直しを加え終えた2012年、映画「フライト」が公開された。デンゼル・ワシントンが主役を務めた同作はフィクションであるものの、薬物を使用するパイロットが機体トラブルを回避し乗員を救うストーリーだ。

 「内容に類似点があったので、少し時間を空けて自分たちの映画を出すタイミングを待つ必要があった」とコマーニキ氏は当時を振り返る。「そのための時間が約2年かかった。ただしクリント(・イーストウッド監督)がプロジェクトに関わることが決まると、10秒ぐらいで一気に話が進むことになった」

 「ハドソン川の奇跡」の大部分は、2015年の秋にマンハッタンで撮影された。映画にはストレスに耐えられなくなったサレンバーガー氏がネオンきらめくタイムズ・スクエアや川沿いをジョギングする場面も含まれる。劇中には2009年に実際に救助活動を行った人も何人か登場する。不時着のシーンが撮影されたのは、イントレピッド海上航空宇宙博物館の近くにあるハドソン川のピア86の近辺。不時着をしてもここならば救助ボートがすぐに駆けつけてくれるとサレンバーガー氏が予測した地点だ。

 「消防士も警察官も、みんな撮影中に現場に足を運んでくれた。あそこはニューヨーカーたちにとっては特別な場所だ」とコマーニキ氏は話す。

 イーストウッド監督と初めて会った時、監督は「必要もないのに」コマーニキ氏にトム・ハンクスについての意見を求めてきたと話す。

 ハンクスは映画「アポロ13」で有名な「ヒューストン、問題が発生した」というせりふを発する操縦士を演じ、「キャプテン・フィリップス」でもソマリア海賊に乗っ取られた貨物船で対応を迫られる船長を演じている。極度のプレッシャーを感じながらも冷静に行動できる経験豊かな機長を演じるには、適役だと言える。

 今回の役作りのために、ハンクスはひげを伸ばして髪の毛を白く染めただけでなく、事故当時の映像を何度も研究していたとサレンバーガー氏は話す。「何をどうしたのか分からないけど、彼の演技は本当に完璧だった」と同氏は評価をする。

 サレンバーガー氏は、そんなハンクスと副操縦士スカイルズ氏を演じたアーロン・エッカートをA320のフライト・シミュレーターに招待し、USエアウェイズ1549便の実際の飛行を疑似体験させたという。

 シミュレーターの席に座ると空港の滑走路への移動から始まり、離陸、機体上昇、そしてバードストライクまでの流れを完全に再体験させられた、とエッカートは話す。窓などに鳥が激突するたびにたじろいだと話す彼は、「そのあと飛行機を着陸させようとしたけど、ひどい結果に終わった」とも振り返っている。

 映画のいくつかのシーンを撮影するため、ユニバーサル・スタジオの野外撮影所には巨大なプールが設置され、そこにA320のコックピット部分が組み立てられた。スクリーンに描写される全てのものが的確に再現され、会話でのやりとりだけに限らず、「胸のポケットに入っていたペンの種類や、つけていた腕時計、さらにコックピットで私がネクタイを緩めたかどうかまでも」確実に描かれているとサレンバーガー氏は話す。

 全米での公開が9月11日の週末と重なったことで、中には2001年の米同時多発テロのトラウマ(心的外傷)がよみがえる人もいるかもしれない。映画ではコンピューターグラフィックス(CG)を使ってマンハッタン上空を旅客機が低空飛行するシーンや、夢の中で旅客機がビルに激突するような様子も描かれている。

 旅客機が不時着するシーンでの乗客がおびえた様子や、旅客機が下降する中で落ち着いて指示をだすアテンダントを見ていると、あの日に感じた思いがいやでも思い起こされる。劇中で乗客の救助を行う人物が、「今日は誰も死なせない」と話す場面もある。

 しかしサレンバーガー氏はハドソン川への不時着を「いろいろな意味で、2001年の同時多発テロにピリオドを打つようなイベントだった」と表現する。

 コマーニキ氏は「他の人が作り上げてきた米国の歴史を、自分がさらに書き足していくような感覚が好きだ」と話す。「ニューヨーカーとして、ハッピーエンドで終わる飛行機事故の映画を切望していた。これこそが誰もが心から望んでいたことなんだ」

By DON STEINBERG

最終更新:9月7日(水)11時57分

ウォール・ストリート・ジャーナル