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豊洲新市場の土壌汚染はどのくらい深刻なの?

ITmedia ビジネスオンライン 9/8(木) 6:40配信

 東京都の小池百合子知事が、築地市場の豊洲への移転延期を正式に表明した。延期の理由は、安全性が確認されていないこと、費用の検証が不十分なこと、情報公開が不十分であることの3つである。特に問題となっているのは、環境問題なのだが、実際のところどのくらい深刻なのだろうか。

【豊洲市場 配置図(青色のエリアが高度汚染が確認された水産仲卸棟)】

 豊洲新市場の予定地はもともと東京ガスのガス製造工場があった場所である。1954年から埋め立てがスタートし、1956~1988年まで都市ガスの製造が行われていた。現在の都市ガスはLNG(液化天然ガス)を使用しているので、製造過程において汚染物質が出ることはない。しかし、当時の都市ガスは石炭から製造しており、その製造過程では多くの汚染物質が関係してくる。

 石炭からガスを取り出すには、まず原料となる石炭を蒸し焼きにして(乾留)、ガス成分を揮発化させる必要がある。この段階でタールが副産物として出てくるが、ここにはベンゼンやシアン化合物が含まれており、処理や取り扱いの方法によっては土壌汚染の原因となる。

 その後、ガスに含まれる硫黄分を除去するために脱硫という処置が行われるが、触媒としてヒ素化合物が使用されていた。実際、土壌の汚染調査では、ベンゼン、シアン化合物、ヒ素、鉛、水銀、六価クロム、カドミウムなどが検出されている。

 もっともガス工場でこうした汚染物質が使われたからといって、むやみに土壌が汚染されるわけではない。ガスの生成施設は基本的に外部とは隔絶された形で管理されており、これらの汚染物質が直接外部に放出されるわけではないからだ。

 可能性が高いのは、工場で事故などのトラブルが発生したケースだが、東京ガスの施設では大きな事故は起こっておらず、事故が由来で汚染物質が漏えいした可能性は低い。

 ただ、こうした工場の施設は、問題なく操業できていても、定期的にメンテナンスをする必要があり、装置の交換などが行われる。そうなると装置の汚染された部分が外部と接触し、一部が土壌に染みこむ可能性がある。また大雨や台風などで建物がぬれてしまったケースでも、躯体に不着した汚染物質が溶け出すこともあるだろう。

 もう一つ考えられるのは、発生した副産物や廃棄物の処理である。基本的には適切な処置が行われているはずだが、副産物を仮置きしたり、副産物の移動などに使用した機材を修理したり洗浄するといった過程で、一部の汚染物質が土壌に入り込むことも考えられる。

●特定の場所に高度汚染が集中

 東京ガスは工場を引き払う際に、所定の手続きに沿って汚染の実態調査と処理を実施しているが、東京都はこれとは別に汚染物質に関する独自の調査を行っている。

 東京都では、新市場の予定地を10メートル四方ごとに区切って4122地点に分割、各地点において土壌と地下水の分析を行った。土壌については工場操業時の地面を基準にした深さ50センチの地点で、地下水については、不透水層との中間地点において採取を行っている。

 調査の結果、土壌もしくは地下水で環境(安全)基準を超えていた地点は全体の36%に相当する1475地点だった。土壌で基準値の1000倍以上の高度な汚染が検出されたのは2地点、地下水で1000倍以上が検出されたのは13地点だ。汚染は広範囲に分布しているわけではなく、特定の場所に高度汚染が集中していることも分かった。

 豊洲新市場は、主に水産仲卸棟、水産卸棟、青果棟の3つの構造物で構成されている。このうち、高度汚染は水産仲卸棟の場所に集中していた。青果棟にも多少の汚染集中エリアがある。

 では、この場所には工場操業当時、どのような施設があったのだろうか。当時の航空写真を見ると、水産仲卸棟付近の汚染エリアには目立った施設は建っていない。ガス工場の中核となるコークス炉やタンク類などは別の場所にある。東京都が設置した汚染に関する専門家会議では、ヒアリングなどの結果から、当時、その場所には、製造過程で発生したタールなどが仮置きされており、ここから一部の汚染物質が地中にしみ出した可能性が高いと指摘している。

 東京都では、汚染レベルが基準値の10倍を超えていた441地点については、ボーリング調査を行い、1メートル間隔でさらに下の土壌まで汚染を調査している。検体した採取した土壌の数は3134だった。

 3134検体のうち、全体の21.8%に相当する検体で環境基準を超える数値が検出されたが、残りの2451検体(全体の78.2%)の結果は基準値以下だった。

 特に汚染が激しかったエリアをさらに深くを調査した結果であることを考えると、全てが地下深くまで汚染されているわけではないことが分かる。

●建物内の汚染物質濃度は?

 一連の調査結果を見る限りでは、汚染の範囲は局所的であり、豊洲新市場全域に汚染が広がっている状態ではないと解釈できる。ただ、そうなってくると評価結果の判断は逆に難しくなってくるかもしれない。どこまでの範囲なら問題ないとすればよいのかは人によって感覚が異なるからである。

 土壌が汚染されている場所に施設を作る場合、一般的には以下の3つが懸念される。一つは、汚染物質が何らかの形で気化して建屋内に入り込む可能性である。もう一つは地震による液状化で、こうした地下の汚染物質が一気に地上にわき出てくるリスク。3つ目は地下水によって別な場所に汚染が運ばれるリスクである。

 東京都では新市場の建物が完成したのち、建屋内の空気についても汚染調査を実施している。それによると、水産仲卸棟におけるベンゼンの濃度は最大で1立方メートルあたり0.0012ミリグラム、水産卸棟は0.0006ミリグラム、青果棟が0.0019ミリグラムとなっていた。土壌と地下水の汚染エリアが集中していた水産仲卸棟と青果棟の濃度が高いが、環境基準値は0.003ミリグラムなので基準値は全てクリアしている。

 また、近隣の大気におけるベンゼン濃度と比較すると、この値は特別に高いわけではない。豊洲からもう少し都心に近いところにある中央区晴海の大気モニタリングの結果(2014年4月~2015年3月)では、大気中のベンゼン濃度は最大0.0022ミリグラムとなっている。

 土壌汚染のあった場所にある建屋内においてベンゼン濃度が高いことを考えると、土壌汚染の影響が顕在化している可能性が高いが、その値は他の場所の外気と大差ないレベルである。一連の調査が適切であるならば、建屋内の空気汚染については、今のところ、それほど深刻とはいえないだろう。

 液状化と地下水について東京都では、液状化対策の工事を実施済みであり、地下水については浄化措置を行い、周囲に遮水壁を設置する工事を行ったので問題ないとしている。一連の工事に妥当性があるのかについては、地下水や地震の発生という自然を相手にしたものであることを考えると、完璧な答を得ることは難しそうである。

●築地移転問題の本質とは?

 一連の調査結果からは、少なくとも現時点において大きな問題は発生していないとの結論になる。追加調査を行った場合でも、その結論は大きくは変わらないだろう。

 では、豊洲への移転問題はなぜこれほど紛糾するのだろうか。その理由は、移転までのプロセスにあると考えてよい。全てが移転ありきで話が進んでいた印象は拭えない。東京都が作成したパンフレットを見ると、現行の築地市場を使用しながら再整備するというプランについては、「工事期間中に利用者の築地離れが起こる懸念があるため不可能である」と結論付けている。

 だが本当に不可能であるならば、1980年代から何度も築地の再整備計画が持ち上がっていたこととの整合性が取れなくなってしまう。こうした移転ありきのスタンスが、一部の都民の反発を誘発し、それが環境問題にエスカレートしたと考えた方が自然だろう。

 都が行った環境調査の結果が正しいものならば、築地移転問題の本質は環境問題ではなく、意思決定とコンセンサスのプロセスという政治的な部分にありそうだ。


(加谷珪一)

最終更新:9/8(木) 6:40

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