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<Wコラム>韓国今昔、変わりゆく韓国の町役場2、あなたは本当に「韓国」を知っている? 

WoW!Korea 9月8日(木)17時49分配信

兵役義務の一環で町役場の軍関係の事務をしていた一九七四年の年の瀬。町役場は列に並ばず我先に発行しろと叫ぶ人々でごった返していました。私は窓口に接近すらできなくておろおろしているおばあさんを見つけ自分の窓口に来るよう手招きして住民票を発行してあげました。内心自分のした行為を誇らしく思い、満足感に浸っていましたが、何とそのおばあさんが感謝の印として私に百ウォンをくれました。ビックリして「おばあさん、このお金で孫にお菓子でも買ってあげてください」と受け取りませんでした。

 そしたら、そのおばあさんは後ろに下がって巾着を取り出しもう百ウォンを添えて私にくれるではありませんか! 私が百ウォンでは少ないから受け取らないと思い、もう百ウォンを足してきたのには驚きました。もちろん受け取らずおばあさんに返しましたが、その後姿から「何と親切な人がいるのか」という感謝よりは、私の行動が理解できない様子が見て取れました。

 それほど当時は、権威的で施してあげているんだという態度が公務員に蔓延していました。日本のように地方自治制度が確立されていなかった面が多分にあります。知事、市長、区長などの首長は選挙で選ばれるのではなく、中央から任命された役人がなっていたので、彼らの関心は一般市民より中央の任命権者即ち大統領に向いていました。その下の公務員も上級者の挙動に全神経を注いでいましたので一般市民は眼中にありませんでした。

 当時公務員の給料が少なかったこともこのような悪い慣行を生みました。ところが一九九五年から知事や市長、区長を一般市民が選ぶ選挙になったとたん、区役所や町役場のサービスがガラッと変わりました。ソウルの各区は競い合うように窓口の対応を良くし、いわゆる「公僕」として奉仕するようになりました。

 戦後(一九四五年~)七十年余りの期間に経済成長と民主化という金字塔を築くまでには、こんな試行錯誤もあったのです。


●もっと韓国を知るためのことば
 シムニョニミョン カンサンド ピョンハンダ 十年もたてば山河も変わる
 十年という時間が流れると変わらないものはないということ。


文=権 鎔大(ゴン ヨンデ)
出典=『あなたは本当に「韓国」を知っている? 』(著者/権鎔大 発行/駿河台出版社)

最終更新:9月8日(木)17時49分

WoW!Korea

TEDカンファレンスのプレゼンテーション動画

斬首動画が何百万回も再生されてしまう理由
昔は街の広場で、現代はYouTubeで。歴史を通じ、公開処刑には必ず人だかりがつきものでした。人が処刑というものを、恐ろしく不快に感じながらも、つい気になって見てしまうのはなぜか。フランシス・ラーソンが人間と公開処刑の歴史、中でも斬首刑に焦点を当てて解説したこのトークは、気分の良い内容ばかりではありませんが、同時に興味をそそること間違いないでしょう。