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メンタルを強くするには「ママ」を探さないこと

ITmedia ビジネスオンライン 9月8日(木)7時51分配信

※この記事は「経営者JP」の企画協力を受けております。

●上司は、親でも、他人でもない

 仕事で、メンタルが落ち込むことがあります。仕事の悩みは、実は、人間関係の悩みです。

 人間関係には、

(1)母親

(2)他人

 社会に出るまでは、この2つだけです。

(3)他者

 社会に出るとこの3通りになります。

 「他人」と「他者」とは、どう違うかです。「他人」は、まったく関係のない人です。「母親」は、100%自分を守ってくれる人です。「他者」は、その中間です。

 学校へ行くまでは、人間関係は「母親」だけです。学校へ行くようになると、世の中には「他人」がいることに気づきます。人間関係が関係100%と関係ゼロ%の人だけなら、なんら問題は起こりません。

 むずかしいのは、100%でもなく、ゼロ%でもない、「他者」という存在があることです。

 学校時代は友達を選べるので、ムリに「他者」とかかわらなくてよかったのです。会社に入ると、いきなり上司という「他者」にかかわらざるをえない状況に追い込まれます。

 上司は選べないし、「イヤだ」とも言えません。「お客様」も「同僚」も、自分が選んだ存在ではなく、環境から押しつけられた「他者」です。

 「母親」と「他人」は自分で選べます。「他者」は、自分で選べない、わけの分からないキャラです。ストレスで行き詰まってメンタルダウンする人は、「他者」を「母親」か「他人」のどちらかに放り込もうとします。

 3通りあるものを、ムリヤリ2通りの形へ戻そうとするのです。その人は、上司を母親と考えます。母親には利害関係がありません。上司には利害関係があります。仕事をして会社に利益を上げてもらわないといけない立場です。100%、「いいよ、いいよ」「かわいい、かわいい」と言ってもらえないのです。

 母親は、なんでも教えてくれます。上司は「そんなことは背中を見て覚えろ」と言います。「上司は母親ではない」と思った瞬間、上司を「他人」に追いやって、ゼロ%の関係にしてしまうのです。

 本来、「他人」は、満員電車に乗り合わせても、スクランブル交差点ですれ違っても、まったく害はありません。その「他人」が、いきなり「あの仕事、どうなっているんだ」と脅迫をしてくるのです。

 これで、どうしていいやら分からなくなります。

 問題点は、「母親」と「他人」の中間の「他者」という関係を持っていなくて、甘えすぎたり、完全に無視してしまったりすることです。そもそも世の中には3種類いるのに、ムリヤリ2種類にしようとすることには限界があるのです。

 ここから意識を変えていきます。

 上司は、「母親」でもなければ、「他人」でもありません。「母親」だと思って甘えていると、どこかで突き放されます。

 100%の関係に近い上司であればあるほど優しくしてくれます。「おまえはオレの子どもだ。オレを親と思え」と言うのです。「100」と思っていると、「1」足りなくて「99」になった瞬間に「裏切られた」ということになります。このショックが大きいのです。

 上司に限らず、仲よしと思っていた同僚にも、これが起こります。裏切ったわけではありません。自分の期待値が「母親」だったので、それとの落差を「裏切られた」「冷たくされた」「突き放された」という解釈をしただけです。

 相手は最初から「99」とか「1」の存在です。動いたわけではないのです。特に、日本の会社は、家族的であって家族ではないところが、むずかしいところです。

 外国の会社は、最初から利害団体で、「他人」なのです。親と他人の、中間の関係を持ちましょう。

●上司は、善人でも、悪人でもない

 世の中には「善人」と「悪人」の2通りがいると思っている人がいます。B級映画では、善人は見るからに善人、悪人は最初から悪人っぽいのです。実際には、善でも悪でもない人が世の中にはたくさんいます。

 1人の人間の中は、もっと複雑です。善人なる要素と悪人なる要素が両方あるのです。そもそも世の中の常識が動けば、善と悪は入れかわります。立場の違いでも、善と悪は分かれます。

 お店の立場から見た善と、お客様の立場から見た善とは違います。人間的な善もあれば、商売的な善もあります。善と悪は、単なる二元論ではないのです。

 小さい世界で生きている人は、「善人でなければ悪人。悪人でなければ善人」という解釈になります。会った人に対して、常に「善人か悪人か」というところから入るのです。

 「いいね!」と承認してくれた人に対して、「あの人はいい人だ」と思います。「いいね!」が99あっても、1回のレスがないと、「なんと、あの人は意外にも悪人だった」とショックを受けるのです。最初から「いいね!」を押していない人は恨みません。「あの人は悪人」と決めているからです。

 一番つらいのは、一度「いいね!」を押してくれた人を善人と思うことです。ある時、忘れたのか、忙しかったのか、いろいろ事情があって、「いいね!」が返ってこないことがあります。その瞬間、「あの人は最低だ」「私はあの人から見放された。また天涯孤独だ」と思うのです。

 これは本人の中で勝手に揺れ動いているだけです。状況は何も変わっていないのに、自分自身があたふたして疲れていくのです。

 すべての人の中に善と悪があるのだと思えば、何もショックは受けません。ムダなエネルギーの消耗をなくすことで、メンタルは強くなります。メンタルの弱っている人は、喜怒哀楽のアップダウンが大きいのです。

 喜んでいる時にメチャクチャ喜んで、1回「いいね!」がなかった瞬間に、ドーンと落ち込んでしまうのです。善人と悪人で、分けないことで、メンタルが強くなります。

●中間の味方を、切り捨てない

 優しい上司に「この人が母親に違いない」と、すり寄っていくと、どこかで母親でないことに気づきます。おっぱいを飲ませてくれないのです。その瞬間、最初から「他人」と思っている人より、もっと嫌いになります。自分のことを「天涯孤独」「母なき子」と感じます。

 こういう人は、上司に限らず、すべての人間関係において、いい人を見ると、「あなたは私のお母さんじゃないですか」と、すり寄っていきます。それが母親ではなかった時に、「あの人、最低」と、怒りの対象になるのです。

 自分自身も落ち込みます。そのショックでエネルギーを消耗します。本来、関係「99」の人は強力な味方です。それを切り捨ててしまうと、味方はどんどんいなくなって、さらに孤立します。

 関係「1」の人は、捨ててもそれほどマイナスにはなりません。関係「99」の人を自分から切り捨ててしまったら、こんなに疲れることはありません。

 例えば、ある読者が、その作家の本を読んで、「この人は私の気持ちを分かってくれる」と思い込みます。作者に手紙を書くと、なんと、返事が来ます。「やっと母親にめぐり合えた」と思っていたら、次に手紙を書いた時に返事が来ないのです。

 ここで「裏切られた」「母親に捨てられた」という恨みになって、ネットで悪口を書くという展開になるのです。実は、ネットで悪口を書かれている人は、書いた人に優しくしている人です。例え優しくしてくれても、どこまでいっても母親ではありません。

 母親は、1人いればそれでいいのです。まず、「母親」と「上司」の区別をつけることです。世の中には「他者」という存在がいると分かるだけで、精神的にラクになります。

 「この人は、他者のわりにはけっこう優しいな」と感じられます。最初から期待感が強いと、マイナスしか感じなくなるのです。社会で、「ママ」を探さないことでメンタルは強くなります。

●著者プロフィール:中谷彰宏

1959年、大阪府生まれ。早稲田大学第一文学部演劇科卒業。博報堂勤務を経て、独立。91年、株式会社中谷彰宏事務所を設立。

【中谷塾】を主宰。全国で、セミナー、ワークショップ活動を行う。【中谷塾】の講師は、中谷彰宏本人。参加者に直接、語りかけ質問し、気づきを促す、全員参加の体験型講義。

著作は、『メンタルが強くなる60のルーティン』(PHP研究所)など、1,000冊を超す。

(ITmedia エグゼクティブ)

最終更新:9月8日(木)7時51分

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