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【連載3】SMAPきょう25周年 記者が見た5人の真実

オリコン 9月9日(金)5時0分配信

 様々な角度からSMAPに迫る連載第3弾。今回は、彼らのデビュー記念日の9月9日にちなみ、取材現場から見えた5人の真の姿に迫りたい。“解散は不仲が原因”といった報道が聞こえてくるが、果たしてそれは本当だろうか。そもそもSMAPは“仲良し”だったのか。5人が集結した時の力と、裏側の姿を知るライターが綴る。

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◆「いつ解散するのか、いつ売れなくなるのかって思ってた」

 9月9日は、SMAPにとって特別な日である。

 25年前のこの日、「Can’t Stop!!-LOVING-」という8センチのCDシングルで6人のSMAPはデビューした。雨の西武園ゆうえんち。赤と黄色の“ザ・アイドル”な衣装で元気いっぱいにパフォーマンスをする姿は、今もときどき“お宝映像”的にテレビで放送されている。当時、最年長の中居正広が19歳、最年少の香取慎吾はまだ14歳だった。

 5年前の9月9日、デビューイベントが開かれたのと同じ西武園でSMAPのデビュー20周年イベントが開催された。アルバム『SMAP AID』の購入者から抽選で選ばれた1万人が招待され、イベントの後には、ファン全員とSMAPとの握手会もあった。中居はMCで、「20年前は、自分たちの今の姿を想像してなかった。いつ解散するのか、いつ売れなくなるのか、いつ歌えなくなるのかって思ってた」と語り、木村拓哉も、「(過去に解散説は)2年に1回はあった。いろんな経験をさせてもらった」とジョーク交じりに振り返っていた。
あれから5年、SMAPをめぐって、さらにいろんなことがあった。

 とくに、今年1月の解散騒動から解散発表に至る7ヵ月の間(メンバーにとってはたぶんその前から)に起こった“いろんなこと”に関しては、不確定な情報が錯綜しすぎて、どうして5人が“解散”という結論を選ぶに至ったか、まったくもって不透明なままだ。おおまかな経緯は伝えられてはいるけれど、ファンはどうにも納得できない。まるで、これまでメンバーと主要なスタッフによって綿密に書き込まれていた台本が、突如ざっくりと、何度となく書き換えられ、しかもメンバーごとに書き換えた台本を渡すタイミングがズレてしまっていたために、最後はメンバーが「ショー・マスト・ゴー・オン」は不可能だと判断してしまったような、そんな理不尽さがつきまとうのである。

 とはいえ、SMAPにとってもファンにとっても特別な9月9日という日に、私が主張したいのは、解散に対する不服や鬱憤ではない。長きにわたって彼らを見てきたファンが信じていること。それは、解散は“不仲”が原因ではないということだ。もともと、SMAPは自分たちが“仲良し”であることをアピールしたことなど一度もない。常にどこか張り詰めたテンションを保っていることが、彼らの美学でありスター性だと思っていたし、だからこそ、一緒に仕事をするときは特別な高揚感があった。“撮られること”と“話すこと”に集中しているSMAPを見るだけでも、彼らの中の見えない絆を感じることができた。だからこそ、25周年の記念日に、彼らの“SMAP愛”がどんなに誠実で美しいかを、どんなに純粋で奥ゆかしいかを、綴っておきたいのである。

◆オーラと迫力を感じる撮影現場、5人の“花束”リレーも

 SMAP5人が集まったときほど、人の持つオーラとか迫力を感じたことはない。撮影はいつもスピーディー。ほぼ無音の中で、あらゆる緊張感と集中力が、スタジオに充満する。初めて撮影に立ち会ったときは、5人が並んだときの迫力とともに、全員の瞬きの少なさに驚いた。撮影した写真はすぐPCモニターにアップされるのだが、5人のうち誰かが目を瞑っているようなNGカットが一切ない。それでいて、ただカッコつけているわけではなく、こちらが意図した“ストーリー”をきっちり演じてくれるのだ。

 「さかさまの空」というシングルのプロモーションでの取材は、そんなに大きくはない撮影スタジオだった。フォトグラファーが「空を見上げる感じで」とオーダーすると、全員が一斉に上を見た。現実に、そこにあるのは天井である。でも、5人はたぶん同じ色の、同じ彩度の空を心の目に映し出していた。彼らが上を見上げた瞬間、まるでそのスタジオが屋外に空間移動したように、5人の頭上に薄青い空が広がったような錯覚があった。

 また別の撮影で、一つの花束をプレゼントするようにリレー形式でメンバーに順番に手渡してもらったとき、最後に木村が差し出した花束を、中居がノールックで受け取ったこともある。中居から稲垣吾郎、稲垣から草なぎ剛、草なぎから香取慎吾、香取から木村。それぞれ、渡す場面はフォトグラファーがきっちり押さえていたのだけれど、木村から中居の時に限って、ものすごいスピードで木村は中居に花束を差し出し、気付いた時にはもう花束は中居の手にあった。どうして、あのタイミングがわかったんだろう。どうして、位置がわかったんだろう。どちらの撮影でも、短いイリュージョンを見ているような気分になった。

◆5人はイメージを共有し、自由自在の対応力を発揮した

 何百とある彼らの曲の中に、“空”をテーマにしたものはいくつもある。「さかさまの空」「オレンジ」「夜空ノムコウ」「かなしいほど青い空」……。彼らの“歌唱”についても思うのだが、SMAPの5人がカメラの前に立つとき、必ずそこに確固たる“イメージの共有”がある。スーパープロフェッショナルな彼らは、作り手の意図を瞬時に汲み取り、“夏”や“空”や“花”の景色を心に描く。デビューして最初の5年は6人で、それ以降は5人で。“いろんなこと”を乗り越えながら、かけがえのない景色を共有してきた。そんな5人だからこそ、5人にしか歌えない歌があって、5人でしか描けない空の色がある。

 5人での撮影は、だからちょっとしたライブのようだ。写真撮影を苦手とする中居は、「笑顔で!」というオーダーにこそなかなか応えてはくれないものの、リーダーのシャイな部分を補うように、木村が不意に予想外の動きをしたりして(さっきの花束リレーのエピソードみたいに)、それがいいアクセントになっていく。笑顔を牽引していくのは常に香取で、どうしても「できるだけくっついてほしい!」というこちらの要望に、草なぎという相棒と一緒になって、きっちり対応してくれた。短い撮影の中でも、草なぎと香取のじゃれ合いには、いつも和まされたものだ。また、こちらの投げるテーマに一番繊細に反応するのが稲垣で、たとえば木村がトリッキーな動きをしたときは、それをうまく生かすような表情を見せたり、自由自在の対応力で常に全体のバランスを取っていた。

◆SMAPであることに苦しみ、愛し、SMAPという人生を生きてきた

 解散が決まってから、気づけばSMAPの過去のライブ映像に手を伸ばしている。彼らのダンスの見所は、なんといってもそのフォーメーションの多彩さだ。90年代半ば、“全員が主役を張れる”アイドルが画期的だったことは言うまでもないが、シングル曲に関しては歌割りもほぼ平等で、ダンスもセンターがくるくると変わる。だからこそ、森且行が脱退した時や、稲垣の活動自粛時にその穴を埋めることはさぞ大変だったことだろう。でも、ライブで、同じ空間にいて、同じ景色を見たことのあるファンならわかる。SMAPの5人は、SMAPを愛し、メンバーを信頼し、全身全霊でSMAPという人生を生きている。SMAPであることに傷つき、苦しみ、もがき、でも必死でファンの元に“音楽”を届けている。そう、SMAPのホームは、バラエティでもドラマでも映画でもなく、紛れもなく“ライブ”なのだ。SMAPが一番かっこいい場所。SMAPが、その肉体を通して、ファンと共に“音を楽しむ”場所。ライブで、彼らの魂が燃焼する。その光景を目に焼き付け、“生きる喜び”を感じられたからこそ、ファンは、彼らの中に揺るぎない“見えない絆”があることを確信しているのだ。

 様々な取材現場で、奇跡のような5人の輝きを目の当たりにできたこと。SMAPのライブで、彼らの心からの歌と言葉が聴けたこと。それらの思い出は、これから先もずっとずっと宝物として、心の中でかけがえのない輝きを放つだろう。
 25年前の9月9日、SMAPの物語は始まった。そしてこれからも、SMAPと私たちの物語はずっとずっと続いていく。
(文/菊地陽子)

最終更新:9月9日(金)9時2分

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