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リオ超人烈伝「日の丸を背負う使命」~車椅子バスケットボール・藤本怜央~

カンパラプレス 9月8日(木)17時0分配信

 藤本怜央、32歳。日本代表のエースでもあり、キャプテンでもある彼は、漠然とした夢を語ることを良しとしない。彼が口にするのは、現実的な目標。しっかりとした自信と手応えを感じていることのみだ。その藤本が、リオデジャネイロパラリンピックの目標として掲げたのは「メダル獲得」。チームとしての目標である「過去最高位の6位以内」よりも、はるかに高い目標をあえて設定した背景には、4年前の忘れられないひと言があった――。

覚悟を促した父親からの言葉

 2012年9月、藤本はロンドンパラリンピックを終え、帰国の途に就いた。自身3度目となるパラリンピックは、「ベスト4」を掲げながら、結果は9位。決勝トーナメントにすら行くことができなかった。無論、藤本はエースとしての責任を強く感じていた。

「ロンドンでは、『こんなはずじゃなかったのに……』という悔しさと、『まだまだやるべきことはあったのではないか』という北京以降の4年間に対する後悔しかありませんでした」

 そんな藤本に、あえて厳しい言葉を投げかけたのは、藤本が尊敬してやまない父親だった。
「いくら内容が良くたって、勝たなければ意味がない」
 それは、藤本が全く予想だにしていなかったことだった。

「父はとても穏やかな人で、普段はそんなに厳しいことを言う人ではないんです。だから、本当に驚きました。アテネ、北京の時には、『よく頑張ったな。お疲れ様』と言われていたので、今回もそんな言葉をかけてくれるのかなと思っていたら、『結果がすべてだ』とズバッと言われた。おそらく父は、僕がアテネ、北京とは立場の違う、エースとしての重責を担っているということを、ちゃんと理解してくれていたんだと思います。だからこそ、あえて厳しい言葉を言ってくれたんだと思うんです。誰よりも自分を応援してくれている父親からそう言われた時に、日の丸を背負って戦う自分の使命はそれなんだと気づきました。一気に目が覚めた感じでしたね」

 もちろん、メダルを取ることがいかに難しいことかは3度のパラリンピックを経験している藤本には十分にわかっている。しかし、それでも日本代表としての使命はそこにある。そう思った。

 だからこそ、藤本は自分自身に誓った。
「『もうこれ以上は無理。バスケなんか、もうやりたくない』。そう思えるくらいの努力をして、4年後、リオを迎えよう」

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最終更新:9月9日(金)18時25分

カンパラプレス