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25年ぶりV目前、「広島カープ」の歴史をさかのぼる

AbemaTIMES 9/9(金) 11:55配信

(C)AbemaTV

ペナントレースでセ・リーグ優勝間近の広島カープ。万年Bクラスだったカープの好調ぶりは「神ってる」という言葉の通り、神がかり的な調子のよさだ。そんな広島カープの歴史は終戦直後に遡る。

終戦後の広島で、街を活気付けるため広島出身者だけで野球チームを作ろうと結成されたのが、広島カープの始まりだ。1950年に行われた結成披露式には、約2万人のファンが押し寄せたという。このころの広島カープには今のトレードマークである「赤ヘルメット」はなく、紺色の比較的地味なユニフォームだった。

広島カープは創設からこれまで熱狂的なファンたちの力によって支えられてきた。結成2年目にして財政難による解散の危機に陥ったとき、広島カープを窮地から救い出したのも熱い地元ファンたちだった。球場の入り口に募金用のたるを設置したところ、次々と募金する人が集まり、多い時で1日10万円もの募金を集めたという。この募金は1960年代まで続き、広島カープを支え続けた。

「球界のお荷物」とも言われ、毎年のようにBクラスをさまよっていた広島カープだが、1975年に日本初のメジャーリーグ出身の外国人監督を迎え、今まで紺色の帽子から、闘志を表す赤に変更した。それ以後チームは一変。球団創設25年にしてリーグ初優勝。「赤ヘル軍団」と呼ばれるようになったカープは17年間で6度の優勝を遂げる「黄金期」へ突入することになる。

しかし黄金期も終わりを迎えてしまう。フリーエージェントなどで主力選手が次々に広島カープを後にし、球団創設以来第2の低迷期を迎えた。1991年の優勝を最後に25年間もの間優勝から遠ざかっている。それほど長い間優勝から遠ざかっていただけに、優勝が待ち遠しい。

最終更新:9/9(金) 11:55

AbemaTIMES