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20年経つも未解決 上智大生殺人放火事件をふり返る

AbemaTIMES 9/9(金) 12:06配信

(C)AbemaTV

今から20年前、1996年9月9日。当時上智大学4年生の小林順子さんが東京都葛飾区の自宅で何者かに殺害され、自宅に放火されるという事件が起きた。

事件が起きたのは夕方、天気は雨だった。父親は出張中で、母親は仕事に出かけており、自宅には順子さん一人だった。順子さんは当時アメリカ留学を2日後に控えており、期待と夢がいっぱいだった矢先に起きた悲劇だった。

遺体は口を粘着テープで塞がれ、両手足も粘着テープで巻かれていた。また、両足をストッキングで縛られており、その結び方は「からげ結び」という特殊なものだった。「からげ結び」とは竹垣の竹を固定したり、着物の着付けの時に使うような独特な結び方だ。その他にも物証はいくつか残されており、粘着テープには犬の毛が付着していたり、マッチ箱にはA型の血液が付着していたという。

さらに事件当時、自宅周辺には多数の不審者の目撃証言があり、事件は早期解決に向かうかと思われたが、犯人の有力な情報はなかなか出なかった。警察による懸命な捜査にもかかわらず、いまだ犯人逮捕には至っていない。

事件から20年、全焼してしまった自宅の跡地は現在地域の消防倉庫になっている。「犯人が見つかったら、必ずここに連れて来るんだという思いが非常に強かった。しかし捜査が長引き、一年半弱のところで泣く泣く取り壊しをした」。被害者の父親 小林賢二さん(70)はそう語った。
その後、少しでも地域の貢献になればと、その土地を無償で提供された。現在もかたわらには小さな花壇、そして事件解決への願いを込めて順子さんの名前をつけたお地蔵さんがたっている。

最終更新:9/9(金) 12:06

AbemaTIMES

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