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【連載】記者が見たSMAPの素顔 稲垣・草なぎ・香取編

オリコン 9月11日(日)8時40分配信

 様々な角度からSMAPに迫る連載企画。デビュー25周年にちなんだ3回目『記者が見た5人の真実』に続き、番外編としてメンバーそれぞれの“素顔”に迫る。前回取り上げた中居正広と木村拓哉というツートップのもと、SMAPの年下組として個性を発揮してきた稲垣吾郎、草なぎ剛、香取慎吾。SMAPを取材してきたライターが、現場で目撃したその人間性とは?

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◆稲垣吾郎 彼の周りに流れるゆったりとした時間、独特のエレガンス

 取材の時に、リラックスした空間を作るのが抜群にうまい人である。SMAP5人での取材は分刻みのスケジュールなため、中居正広と木村拓哉の2人がいい意味でピリッとした緊張感と張り詰めたオーラを漂わせている中で、稲垣吾郎はあくまで自然体。彼の周りだけゆったりした時間が流れ、ヨーロッパの避暑地に吹いているのと同じ風を従えているような、独特のエレガンスを感じさせる。インタビューの時も、“質問に答える”というより、どちらかというと“会話を楽しむ”といった風情で、よく笑うし、こちらの話もちゃんと聞いてくれる。

 2011年の秋に、バラエティ番組『ゴロウ・デラックス』(TBS系)の収録前に短いインタビューの時間を持ったことがあった。SMAP初の海外公演である、中国・北京工人体育館でのコンサートから1ヵ月ほど経った頃だ。私は、たまたま取材で北京の公演に行っていたので、せっかくなら北京の感想も聞きたいなと思っていた。インタビューの後半、私が「北京のコンサートに伺ったんです」と切り出すと、「へえ、わざわざありがとうございます。コンサート、どうでした?」とキラキラした瞳で逆質問された。北京公演での私の席は、アリーナの招待席ではなく、北京の友人に購入してもらったスタンドの一般席。周りは中国人だらけで、「KANSHAして」や「ダイナマイト」の曲中に観客が入れる「フッフー!」という合いの手を、誰も入れることができなかった。私は、「ここは盛り上げたい!」と思い、率先して合いの手を入れていた。すると徐々に周りが真似し始め、途中からは何百人もの人が、私の振りと掛け声に合わせていた。

 稲垣にその話をすると「へえ、面白い!」とこちらが恐縮するほど喜んでくれた。私はずうずうしくも、「今度、海外で公演をするときは、スタンドにはチアリーダー的な役割の人を置くといいと思います」と、自分のアイディアを伝えてみた。彼は、「いや、いい話聞いたな。今度、スタッフに話しておきます」と言って、満足そうに、あの優雅な微笑みを浮かべたのだった。

◆稲垣がSMAPメンバーに選んだ花、そこから見える観察眼とは?

 ところで、連載3回目『記者が見た5人の真実』に登場した“SMAP花束リレー”の花束についてだが、それは、エンタメ誌『オリ︎スタ』(2015年2月 オリコン発行)でSMAPが表紙になったときの“読者からの質問”「お花好きな吾郎くんがメンバーに花を選ぶなら?」で、稲垣に選ばれた花を集めたものだ。

 木村拓哉は大胆で存在感のある“ブラックダリア”、草なぎ剛は可愛らしくて朗らかな“ブルーのアネモネ”、香取慎吾は、「一般的にはひまわりかもしれないけど」と前置きしながら“いろんな色のチューリップ”。中居正広は長持ちする“胡蝶蘭”。稲垣本人は、「白い花が好きなので」モダンな“カラー”。そんなところにも、彼独特の繊細な観察眼が光る。

◆草なぎ剛 撮影の合間もギターを楽しむ、純粋すぎるぐらい純粋な子ども

 これまで延べにして6,000人以上の人を取材してきた。インタビューは、長ければ4時間に及ぶこともあるし、短ければ10分で終わってしまうこともある。難しかったり、切なかったり、身につまされたり、失敗したり。いろんなインタビューがあったけれど、2014年4月に『オリスタ』表紙での草なぎ剛へのロングインタビューは、本当に楽しかった。純粋に楽しかったインタビューという意味では、歴代で5本の指に入るかもしれない。

 その頃から彼はギターにはまっていて、セットチェンジの待ち時間など、暇さえあればギターに触れていた。撮影では、藤井フミヤの「TRUE LOVE」を弾き語るも、ところどころアレンジを変えたり、アドリブを入れたり、とにかく自由。それでいて必死。最後まで弾き続けると、「今のは『オリスタ』バージョンだったね!」と茶目っ気たっぷりに言う。媚を売ろうとか場を盛り上げようとか、そんな下心は一切なく、ただギターを弾くことが楽しくて楽しくてしょうがない、といった様子だった。私自身は、すべての子どもが純粋だなんて思ってはいないけれど、彼については、純粋すぎるぐらい純粋な子どものようだと思った。

◆「SMAPのライブはドキュメンタリー」「伸びしろがあるSMAP」

 インタビューでも、歌が得意ではないこと、SMAPは踊りの振りが揃わないことなどに触れながら、「SMAPの歌は、技術はないけどハートはある!」「SMAPのライブってドキュメンタリーなんだよね。“あ、今日はうまく行った”とか、“揃ってなかったけど、何か良かったよね”とか。そういう一回きりの偶然みたいなものを、楽しんでもらえたら」と話していた。質問に対する答えを話すときもこちらが恐縮してしまうほど一生懸命で、いっぱい頭の中で汗をかいてくれていることが伝わって、そこがまた胸を打つ。

 「伸びしろがあるから、SMAPってこれからだと思うよ。大人な面もあるし、もっともっと、いい意味でおかしな部分が出てくるんじゃないかと思う」
 彼は、70代になってもロック魂全開のローリングストーンズのようになりたいと語っていた。数ヵ月前にドームでライブを観たばかりだった。
 「ミック・ジャガーとか、すごくカッコイイもんね! あの体型も70歳じゃないよね! あんなにスリムなシルエットで、腰くねらせて、ぐんぐん前に出てこられちゃって、“はは~、参りました”って思ったもん(笑)。あの説得力! あれがロックだよね! 超ロックだよね! あの人たちカッコイイ! 上手いとか下手とか技術とか、理屈じゃないもんね、あそこまでいくと」

 そういう彼自身が、上手いとか下手とか技術とか理屈じゃない、途方もない人としての魅力を備えている。でも、彼は相変わらず、そのことに気づいていない。彼の魂はあまりにも無垢だ。

◆香取慎吾 “慎吾ママ”からずっと、存在そのものがアイコンでありアート

 ハローキティにドラえもん、ピカチュウにスーパーマリオ、黒柳徹子にマツコ・デラックス、そして香取慎吾……。一市民の視点では、“慎吾ママ”がブームになった頃からずっと、香取という存在は、“異形”というか、ひとつのアイコンとして、揺ぎないオリジナリティを持っていると思っていた。彼の場合、存在そのものがもうアートなのだと。ライブの時も、彼のオリジナルスマイルの輝きは、ワット数などでは測れないほどに眩しく崇高だった。

 初めて直接彼に取材したのが2010年公開の映画『座頭市 THE LAST』のビデオコメンタリーの収録時だった。撮影はなかったので、香取は私服でスタジオに入っていて、その私服姿がひっくり返るほどにカッコ良かったことを覚えている。いわゆる外タレも何人も取材したことはあるが、その辺の外タレよりも全然カッコイイと思った。とにかく華があってゴージャスなのだ。収録に立ち会った後インタビューをして、去り際にこちらが「ありがとうございました」と頭を下げると、ぺこりと会釈した後、「バイバイ」と軽く手を振ってくれた。その掌から、何かスゴい光線が出ているような錯覚さえ覚えて、クラクラした。

◆「やっぱり、モンスターといえばSMAPさんでしょうね(笑)」

 それから、『We are SMAP!』のライブDVDリリースのタイミングで、コンサートの制作秘話を聞きにいったこともある。「この曲をここに入れたのは?」とか「この曲のアレンジは?」「演出は?」と細かく質問していくと、彼は「えーと「セロリ」「セロリ」……」と目をつむって何度か曲名を呟いた。自分の中の検索エンジンに曲名を入力しているようだった。そして閃いたように「あ」と言うと、淀みなく、その曲がどうしてその場所で、そのアレンジになったかを語り始めるのだった。見た目はスーパースターなんだけれど、その中にはスーパーコンピュータまで内蔵しているんだな、と感心した。

 SMAPでいる時は“弟キャラ”が全開だったのに、2012年に山下智久と2人での表紙のインタビューをした時はとてもアニキっぽい、大人びた雰囲気で、その変化にも驚かされた。何といっても、山Pのことを「山下」と呼び捨てにするのがとても頼もしく、曲制作についての話も自由で、スピーディで大胆で。香取からは、会うたびに、規格外の何かを見せられる。身体も大きければ、内包している愛や情熱も大きくて、発想はダイナミックで、変化も自在。2008年にライブの演出担当になって以来、毎回その発想力や構成力には唸らされた。

 最後に、その12年のインタビューで香取に聞いた「あなたにとって、モンスターとは?」の答えはこうだ。
 「モノとか現象とかじゃなく、僕にとってのモンスターは、現実社会に生きている“人物”ですね。でも、それはどうしたって超えられない存在なんです。気づいたらその人を超えているなんてことがあって欲しいような気もするけど、到底無理な、絶対的な存在。具体的に言うと? やっぱり、モンスターといえばSMAPさんでしょうね(笑)」
(文/菊地陽子)

最終更新:9月13日(火)14時38分

オリコン

TEDカンファレンスのプレゼンテーション動画

斬首動画が何百万回も再生されてしまう理由
昔は街の広場で、現代はYouTubeで。歴史を通じ、公開処刑には必ず人だかりがつきものでした。人が処刑というものを、恐ろしく不快に感じながらも、つい気になって見てしまうのはなぜか。フランシス・ラーソンが人間と公開処刑の歴史、中でも斬首刑に焦点を当てて解説したこのトークは、気分の良い内容ばかりではありませんが、同時に興味をそそること間違いないでしょう。