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千畝氏は「命そのもの」 「命のビザ」生存者が知事と面会

岐阜新聞Web 9月10日(土)9時38分配信

 訪米中の古田肇知事は8日(現地時間)、岐阜県加茂郡八百津町出身の外交官、杉原千畝(ちうね)氏(1900~86年)が発給した「命のビザ」で命を救われたユダヤ人生存者と初めてニューヨーク市内で面会した。生存者からは杉原氏について「私の命そのもの」「世界を救ってくれた」と称賛する声が相次いだ。
 面会したのは、生存者のベンジャミン・フィショフさん(93)、ハヤ・スモールさん(84)や生存者の子どものリチャード・サロモンさん(62)ら。
 古田知事は金子政則八百津町長らとともに面会し、杉原氏の関連資料を「世界の記憶」(世界記憶遺産)に申請したことを報告。「杉原さんは岐阜県の誇りだと改めて確信した」と語った。
 フィショフさんは10代のころ、両親や兄弟とともに命のビザでウラジオストクから敦賀港(福井県)に向かったが、上陸許可が下りずにウラジオストクまで送り返された経験を説明。2度目でようやく入国が認められ、当時の心境を「日本に来たとき、新世界が開けた。日本人は優しく、去りたくない気持ちになった」と振り返った。杉原氏については「100人を超える子や孫、ひ孫の命を頂いた。杉原さんは私の命そのもの」と感謝の気持ちを語った。
 スモールさんは、受け取ったビザについて「公式に発給したと思っていた。26年前に真実を知って驚いた。杉原さんは世界を救ってくれた」と杉原氏の勇気ある行動をたたえた。世界の記憶への申請には「日本人でも杉原さんを知らない人がいる。もっと功績を知ってほしい」と期待を込めた。
 古田知事らは米国最大のユダヤ人団体「ブナイ・ブリス」の幹部とも面談。ダニエル・マリアスティン副理事長は「杉原氏の歴史的で勇気ある行動はユダヤ人みんなが大切に思っている。世界の記憶登録にはあらゆる支援を約束したい」と全面的に協力する姿勢を示した。
 夕方にはニューヨーク市内で日米交流団体ジャパン・ソサエティーの会合が開かれ、八百津町の杉原千畝記念館にビザを寄贈したシルビア・スモーラさんが講演した。

岐阜新聞社

最終更新:9月10日(土)10時13分

岐阜新聞Web