ここから本文です

仮設暮らし 支えは移動販売車 震災5年半 たゆまず運行 津波被災の岩手県大槌町

日本農業新聞 9/10(土) 7:00配信

 東日本大震災による津波被害を受けた岩手県大槌町で、JAいわて花巻の直売所「母ちゃんハウスだぁすこ沿岸店」の移動販売車が運行を続けている。採算が合わずに移動販売から撤退する民間業者が相次ぐ中、買い物弱者を支え続け、11日で5年半を迎える。JAは「震災からどれだけ時間がたっても、買い物に行けない人がいるという現実は変わらない」として取り組みを続ける覚悟だ。

「撤退せぬ」決意固く

 「来たよー、来たよー」。町内の小槌地区の仮設住宅に暮らす伊藤ミヨさん(81)は、同店の移動販売車の軽トラックが来る毎週火曜日の昼が待ち遠しい。軽トラから「JAの移動販売です」という声が聞こえると、周囲に声を掛けながら仮設前の広場に真っ先に出てきた。

 車には、ネギやリンゴなど直売所に農家が出荷した新鮮な農産物や餅、牛乳などの食品がぎっしりと積み込まれている。買い物後も伊藤さんは広場に残り、買い物に訪れた近隣の友人と話し込む。いつもの光景だ。

 伊藤さんは「ここに来た当初は住民が集まる機会もなく心細かった。JAの移動販売が来ると、みんな家から出てくるから、話が弾むの」。自然に笑えるようになった。

 5年半前。大きな揺れが襲った時のことを伊藤さんは「頭が真っ白になって覚えていない」。自宅に戻り、常備薬と保険証だけをつかんで夫と共に裏山の公民館に避難したが、気が動転して「道ではなくやぶの中を駆け上った」と振り返る。背後から真っ黒な水が迫ってくるのが見えた。「ギャーという叫び声とか、ガスボンベの爆発音が間近に聞こえ、まるで地獄のようだった」。その恐怖は今も忘れない。以来、海に近づけなくなった。

 2011年7月まで避難所で暮らし、8月から今の仮設に移った。震災前までは、自宅から数分の場所にスーパーがあったが、仮設からスーパーまでは歩くと30分以上はかかる。タクシーを頼めば往復2000円以上にもなる。それだけに伊藤さんら高齢者にとって、移動販売車は欠かせない暮らしの支えだ。

 町内ではいまだに1208世帯が仮設住宅暮らしを余儀なくされている。JAは日曜日を除き毎日、仮設住宅に移動販売車を走らせ、1日に5、6カ所は巡回する。

 町によると町内で移動販売を続けているのは現在、JAを含め3団体。13年度には5団体が活動していたが、2団体は民間からの支援がなくなったなどの理由で撤退した。

 同店の藤原吉秀店長は「移動販売を心待ちにしてくれている人がいる。震災による被害を受けた人への支援には終わりはない。あってはならない」と強調、今後も運行を続ける。(水澤潤也)

日本農業新聞

最終更新:9/10(土) 7:00

日本農業新聞

北朝鮮からの脱出
北朝鮮での幼少時代、『ここは地球上最高の国』と信じていたイ・ヒョンソだったが、90年代の大飢饉に接してその考えに疑問を抱き始める。14歳で脱北、その後中国で素性を隠しながらの生活が始まる。 これは、必死で毎日を生き延びてきた彼女の悲惨な日々とその先に見えた希望の物語。そして、北朝鮮から遠く離れても、なお常に危険に脅かされ続ける同朋達への力強いメッセージが込められている。