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加藤紘一氏 死去 元自民幹事長、77歳

日本農業新聞 9/10(土) 20:28配信

 官房長官や自民党幹事長を歴任し、党農林議員の重鎮としても影響力を発揮した加藤紘一(かとう・こういち)元衆院議員が9日午後0時45分、肺炎のため死去した。77歳だった。山形県出身。

 東大卒業後、外務省に入省。1972年の衆院選で旧山形2区から初当選した。中曽根内閣で防衛庁長官として初入閣。宮沢政権で官房長官、橋本政権で党幹事長に起用された。

 農政に深く関わった。羽田孜氏と並ぶ「総合農政派」のトップとして、米偏重の農政から脱却を進めた。橋本政権が手掛けた中央省庁再編問題では、当時有力だった農水省の分割・再編論に対抗し、単独での存続に大きな役割を果たした。

 2000年11月、森政権の倒閣を図った「加藤の乱」が失敗。02年、自身の元事務所代表の脱税事件で責任を問われ、議員辞職に追い込まれた。

 03年衆院選で再起を果たしてからも、当時の党総合農政調査会最高顧問を務めるなど、農林議員の重鎮として影響力を発揮した。12年衆院選で落選し、政界を引退した。

 農業構造改革を主導する立場だったが、米どころ山形出身らしく、農村の現場を肌で理解し、農業関係者の信頼が厚かった。加藤鮎子自民党衆院議員(山形3区)は三女。

日本農業新聞

最終更新:9/10(土) 20:30

日本農業新聞

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