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<リオパラ>育ての親感慨 競泳・鈴木選手(浜松・北区出身)

@S[アットエス] by 静岡新聞 9月11日(日)14時1分配信

 リオデジャネイロ・パラリンピック競泳に出場している鈴木孝幸選手(29)=浜松市北区出身=。生後間もなくから一緒に生活し鈴木選手を育てた小松洋さん(82)は自宅で活躍を見守っている。大舞台での奮闘に「自分の手の届かないところに行ってしまったかのよう。本当にたくましく育ってくれた」と喜ぶ。

 保育園園長だった小松さんが鈴木選手と初めて出会ったのは生後10カ月の時。右腕の肘から先と両足がない姿に「この子はどんな人生を歩むのだろう」と漠然とした不安を感じた。それでも、自立した大人になってほしいと思い公立小中学校に通わせた。

 普通の子どもと同じように学校生活を送らせるため苦労は惜しまなかった。50代で自動車免許を取得し、毎日のように学校まで送り迎えした。裁縫やリコーダーの授業など、難しそうな科目の前には家で予習を行ってから学校に送り出した。

 鈴木選手が水泳を始めたのも小松さんがきっかけだった。小学校入学前、保育園のプールを怖がり、顔を水につけることもできなかった。卒園までに何とか5メートルほど泳げるようになったが、学校で困らないようにと障害者水泳教室「ペンギン村」に通わせた。

 鈴木選手は高校入学以降、本格的にペンギン村で練習に打ち込むと、すぐに頭角を現し日本を代表するパラリンピアンになった。小松さんは「周囲から『子育ては大変でしょう』と言われることもあったが、過ぎてしまえばあっという間。孝幸の成長を見るのが楽しかった」と振り返る。

 現在も鈴木選手から近況報告を受ける。大会前には「リオに着いたよ」と一言だけメールが届いた。小松さんは「そっけないけど、昔から愚痴とか口に出す子ではなかったから」と苦笑する。

 鈴木選手は8日の200メートル自由形(運動機能障害S5)に続いて12日、150メートル個人メドレーの予選に臨む。小松さんは「ひょっとしたら最後のパラリンピックになるかもしれない。とにかく自分が納得できる泳ぎをしてほしい」と期待を寄せた。

静岡新聞社

最終更新:9月11日(日)14時1分

@S[アットエス] by 静岡新聞