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【パラ柔道】広瀬順子、銅獲得!女子初メダル「東京で金」

スポーツ報知 9月11日(日)5時4分配信

◆リオデジャネイロ・パラリンピック第3日 ▽柔道女子57キロ級(9日、リオデジャネイロ)

 【リオデジャネイロ(ブラジル)9日=細野友司】視覚障害者による柔道女子57キロ級で、初代表の広瀬順子(25)=伊藤忠丸紅鉄鋼=が3位決定戦でスペイン選手を下し、銅メダルを獲得した。04年大会から採用された柔道女子で、表彰台は日本勢初。昨年末に結婚した男子90キロ代表の悠(はるか、37)=同=と二人三脚で練習した成果が実った。

 広瀬順は、優しい顔で厳しく攻め倒した。「組んだ瞬間、絶対負けたくないと思った」。開始12秒、大外刈りで有効。最後は、一本背負い投げから横四方固めでスペイン選手を仕留めた。柔道の日本女子初メダル。「1号とかは考えずにやった。これからの女子につながると思う」。取材エリアまで祝福に来たコーチ役の夫・広瀬悠にハグしてもらい、喜びが込み上げた。貫いた積極姿勢の賜物(たまもの)だった。

 グイグイ押すのは畳の上だけではない。昨年8月。13年の米国遠征で知り合い、交際を続けていた広瀬悠に思い切ってプロポーズした。「一緒にいて楽しいし、この人と柔道をやったらもっと強くなれると思ったから」。昨年末から愛媛県内で新婚生活をスタートさせ、リオへの二人三脚が始まった。

 組み負けない筋力強化が軸。最初は1回しかできなかった懸垂を20回こなし、ベンチプレスは70~80キロを挙げるまでになった。10日(日本時間同日夜)の男子90キロ級に出場した広瀬悠と、力を合わせて勝ち取った女子柔道初の銅メダルの価値は計り知れない。

 西京高(山口)時代には高校総体の出場経験もあるが、大学進学後に膠原(こうげん)病の影響で弱視となり、一度は競技を離れた。ゴールボール選手の活躍を知り「もう1回、何かに一生懸命になりたい」と畳に戻った決断は正しかった。まだ25歳。4年後の東京大会では女子エースとして、さらに良い色のメダルを目指す。「まだまだ修行が足りない。東京では金メダルを目指すと堂々と言えるぐらい力をつけて挑みたい」。夫婦でなら、どんな壁もきっと越えられる。

 ◆広瀬 順子(ひろせ・じゅんこ)1990年10月12日、山口市生まれ。25歳。小学5年時に少女漫画「あわせて1本!」に憧れて柔道を始め、西京高ではインターハイ出場。花園大進学後に膠原(こうげん)病で視力をほぼ失い、22歳で視覚障害者柔道で競技を再開。158センチ、55キロ。家族は夫。

最終更新:9月30日(金)11時21分

スポーツ報知

TEDカンファレンスのプレゼンテーション動画

斬首動画が何百万回も再生されてしまう理由
昔は街の広場で、現代はYouTubeで。歴史を通じ、公開処刑には必ず人だかりがつきものでした。人が処刑というものを、恐ろしく不快に感じながらも、つい気になって見てしまうのはなぜか。フランシス・ラーソンが人間と公開処刑の歴史、中でも斬首刑に焦点を当てて解説したこのトークは、気分の良い内容ばかりではありませんが、同時に興味をそそること間違いないでしょう。