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【広島V】担当記者…駒沢悟が見た!諦めていた生きているうちにV

スポーツ報知 9月11日(日)9時4分配信

 広島は12球団で最も長いブランクとなる25年ぶりのリーグ優勝。その間、15年連続Bクラスに甘んじるなど、つらい低迷期もあった。1967年から半世紀近く担当した本紙OBの駒沢悟さん(74)を筆頭に、スポーツ報知の歴代カープ番記者が、苦しい時代のエピソードを披露した。

【写真】優勝を決めベンチを飛び出して歓喜の輪を作る広島ナイン

 1996年の優勝チャンスを逃した後、私は「生きているうちにもう、カープの優勝はない」と、半ばあきらめていた。

 空白の24年間。この間、優勝のチャンスがあったのが三村監督が率いた96年。一時2位の巨人に11・5ゲーム差をつけて独走していたが、ゴール直前に長嶋巨人に抜き去られた。いわゆる「メークドラマ」の衝撃から、カープのカラーは次第に色あせて、98年から15年連続Bクラスに沈んでしまった。

 どこでどう変わっていったのだろうか。広島の編成を含めたスカウト戦略と育成は、もともと目を見張るものがあったはず。野手で例えれば山本浩二、衣笠、水谷、野村謙、江藤、前田智、金本…。最近になり、やっと野村前監督が5年を費やして丸、菊池、田中、鈴木誠也ら新鮮な戦力を鍛えあげ、集大成で緒方監督が優勝へ導いた。苦悩の時期を乗り越え、フロントと現場がうまくかみ合って、カープらしい強い素材を作り上げたと思う。

 マジックが点灯した日、75年の初優勝を演出した古葉元監督と会った。80歳になっていた。「あの時のことは鮮明に記憶に残っています。平和大通りをパレードして、30万人の市民の祝福を受けた。あれ以来やっていないんでしょ? 今年のチームに味わせてやりたい」と話すうちに名将の目が潤んだ。25年ぶりのリーグ優勝が人々の記憶から消えてしまわないように、球団史上2度目という大パレードの実現を望む。

(1967年~06年広島担当・駒沢 悟)

最終更新:9月11日(日)9時26分

スポーツ報知

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