ここから本文です

映画「飯舘村の母ちゃんたち 土とともに」大阪、福島などでも上映~人ごとでないと知って

アジアプレス・ネットワーク 9/11(日) 6:00配信

◆母ちゃんたちに魅かれ、カメラを向けた

東日本大震災から5年半、福島原発事故で全村避難の指示が出た飯舘村の女性2人を追ったドキュメンタリー映画「飯舘村の母ちゃんたち 土とともに」が今年5月から公開されている。東京・横浜・名古屋に続き、今月から大阪市、神奈川県厚木市、10月には福島市で上映される。古居みずえ監督に、映画に登場した「母ちゃんたち」の近況を聞いた。(アジアプレス・ネットワーク編集部)

【関連写真を見る】「ぼくたちは見た」監督・古居みずえインタビュー :「パレスチナの魅力はそこに暮らす人びとなんです」(写真2枚)

飯舘村に全村避難指示が出され、畜産農家は牛を手放し、住み慣れた故郷から県内の仮設住宅に避難した。古居監督は、事故直後から被災地をまわり、飯舘村の女性たちの姿をカメラに記録し続けた。これまでパレスチナ問題を取材してきた監督にとって、住民が故郷を追われることはパレスチナの人びとの姿と重なった、と話す。

飯舘村で農業などを営んでいた菅野榮子さん(80)と菅野芳子さん(79)は現在も仮設住宅に暮らす。震災から5年が過ぎ、ようやく新しい環境に慣れてきたという。

政府は来年3月末に、飯舘村の帰還困難区域を除き避難指示を解除すると発表。2人は、帰還するべきか、残るべきか悩んでいるという。山に囲まれた村ではすべての除染は不可能で、安全性に問題があるということ、そしてなによりも、この5年の間に避難場所でやっと構築できたコミュニティーがバラバラになることが辛いそうだ。子どもや孫はすでに移住し村へ戻ることはない。そのため、戻ったとしても以前のような生活を送ることはできず、村に独りで暮らすことへの不安は大きい。

それでも2人は、いつも冗談を言い合い、笑顔で満ち溢れている。そこには「笑ってねぇど、やってらんねぇ」という思いがあるからだ。映画には実にたくさんの料理が登場する。近くの農園でとれた野菜で作った漬物や、村に伝わる味噌や凍み餅(しみもち)などだ。こうしたシーンが、飯舘村の住民たちの生活を伝えると同時に、それを大きく変えた事故の重さをあらためて考えさせる。

「お母ちゃんたちに起きたことが、私たちに起きないとはいえない。2人の暮らしや思いを通して、人ごとではないことを知ってほしい」。古居監督は今後も飯舘村を見つめていくつもりだ。

◆映画「飯舘村の母ちゃんたち 土とともに」上映
大阪市   第七藝術劇場(06-6302-2073)9月17日(土)~
神奈川県厚木市 アミューあつぎ映画.comシネマ(046-206-4541)9月24日(土)~
福島市     フォーラム福島(024-533-1515)10月8日(土)~

最終更新:9/15(木) 10:51

アジアプレス・ネットワーク

北朝鮮からの脱出
北朝鮮での幼少時代、『ここは地球上最高の国』と信じていたイ・ヒョンソだったが、90年代の大飢饉に接してその考えに疑問を抱き始める。14歳で脱北、その後中国で素性を隠しながらの生活が始まる。 これは、必死で毎日を生き延びてきた彼女の悲惨な日々とその先に見えた希望の物語。そして、北朝鮮から遠く離れても、なお常に危険に脅かされ続ける同朋達への力強いメッセージが込められている。