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<リオパラ>陸上・高桑選手へ深谷で応援 “早生スマイル”に声弾む

埼玉新聞 9/11(日) 10:30配信

 リオデジャネイロ・パラリンピックの陸上女子走り幅跳びに出場した埼玉県熊谷市出身で、深谷市親善大使の高桑早生(さき)選手(24=エイベックス)を応援しようと、深谷市上野台の深谷ビッグタートルで9日夜、市主催のパブリックビューイング(PV)が行われ、家族や友人、恩師ら約80人が声援を送った。高桑選手は昨年の世界選手権の同種目で銅メダルを獲得し、再びメダルの期待が懸かったが、結果は5位。関係者は陸上女子200メートル決勝(日本時間16日)、100メートル決勝(同18日)での飛躍に期待する。

 「早生ちゃん!早生ちゃん!」。高桑選手の跳躍の番が回ってくると、スティックバルーンや「ふっかちゃん」のイラスト入りうちわを手にした市民らの声に熱がこもった。最後となる6回目の跳躍。それまで4メートル60センチ台を推移していた記録が、4メートル95センチまで伸びた。すると硬さを含んだ表情がやっとほぐれ、“早生スマイル”が生まれた。

 この姿に高桑選手が深谷市立上柴中学校2年時の担任だった新井由美子さん(51)も「最後に笑顔があったので、すごく安心できた。気持ちを前向きにして、100、200に行けるんじゃないか。期待したい」と声を弾ませた。

 高桑選手はいつも笑顔だった。中学1年時、骨肉腫のため、左下腿を切断。抗がん剤治療を経験した。入院時は「苦しい顔を絶対に先生に見てもらいたくない。笑顔の早生を見てほしい」。高桑選手にこう言われたことを新井さんは覚えている。

 通常の歩行でも義足を付けた左足の接合部から血がにじむことがあったという。だが、持ち前の前向きさと負けん気は失わなかった。中学2年の体育祭では周囲の協力もあり、クラス対抗リレーメンバーの一員として優勝を味わった。人前で「パラリンピックに絶対に出る」と宣言した。母校の同市立上柴東小学校を訪れた際は、児童に目標を持って一つ一つクリアすることの大切さを伝えた。

 小中学校の同級生で同市の保育士小林由里子さん(23)は「最後にきょう一番の記録が出せて、早生ちゃんの負けず嫌いの性格が出たと思う。メダルを取れるように力を出し切ってほしい」と語った。小林さんは、左足に違和感を感じた高桑選手から小学6年の時に受け取った手紙を今でも大切に保管している。

 高桑選手の努力を知る誰もがその背中を押したいと願っている。姉の生恵(きえ)さん(26)は「大舞台で競技ができること自体、本人は誇らしく思っているはず。(走り幅跳びの結果は)納得していないだろうが、悔しさを100、200につなげてくれるんじゃないか」と妹を思った。

最終更新:9/11(日) 10:30

埼玉新聞