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パラリンピックを生んだ「悲しい歴史」  アメリカ選手団にいる「軍経験者」…その理由

withnews 9月13日(火)7時0分配信

 ブラジルで開催中のリオデジャネイロ・パラリンピック。パラリンピックの名前は知っていても食指が動かず、「食わず嫌い」の人も多いのではないでしょうか。でも、ちょっと待って。大会が生まれた歴史をひもとくと、けっして他人事ではない「悲しい歴史」が見えてきます。

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誕生の背景に戦争の影

 パラリンピックが生まれたのはイギリスです。そして、誕生の背景に戦争の影があります。その起源は第2次世界大戦の負傷兵のリハビリのために開いたスポーツ大会。1948年にロンドン郊外のストーク・マンデビル病院でアーチェリー大会が開かれ、16人の患者が参加しました。

 それから68年。パラリンピックは五輪やサッカーW杯に次ぐ国際大会に成長し、リオ大会には159カ国・地域から約4300人の選手が参加します。ただ、戦争の影響がなくなったわけではありません。

 開会式が開かれているマラカナン競技場に、アメリカの選手団が姿を現しました。アメリカの報道によると270人あまりの選手団のうち、30人ほどの軍経験者がいます。中にはアフガニスタンで爆発に巻き込まれて失明した水泳選手や、イラクで右足を失ったシッティングバレーの選手もいます。いまも戦争がパラリンピアンを生んでいる現実があります。

「人類で最も遠くへ」

 戦争がきっかけで始まったパラリンピックですが、技術の進化によって、新たな議論も起きています。

 ドイツの選手団は義足のジャンパー、マルクス・レーム選手が騎手を務めました。レーム選手は今大会で最も注目されている選手の1人で、人類で最も遠くへ飛ぶジャンパーとして、その名を歴史に刻むかもしれません。

 左足が義足のレーム選手は男子走り幅跳びで8メートル40の障害者世界記録を持っています。この記録がどれだけすごいのか、五輪の金メダリストと比べるとよく分かります。直近のリオ大会は8メートル38、前回ロンドン大会は8メートル31で、いずれもレーム選手の記録には及びません。

 「義足が有利に働いている」。そんな批判も出る中、レーム選手はリオ五輪出場をめざしました。義足の優位性を否定する科学データを公表したものの、国際陸連は「証明は十分ではない」と結論を持ち越しに。このためレーム選手は五輪出場を断念しました。

 ただ、日本の義足研究者は「走り幅跳びで2016年8月下旬にパラ・アスリートが健常者を超える」と予測しています。まさにリオ大会でその場面を迎えるかもしれません。

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最終更新:9月13日(火)7時0分

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