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トヨタの正念場を担うプリウスPHV

ITmedia ビジネスオンライン 9/12(月) 6:37配信

 先日、今冬に発売予定のプリウスPHVの先行試乗会が行われた。結論から言えば、クルマの出来は今までより良い。

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 トヨタのハイブリッド系システムの常である「微速コントロールの能力のリニアリティ欠如」についてはまだまだだが、それは燃費と引き替えの覚悟の犠牲である。ユーザーがいつでも思うようにクルマを制御できることを重んじるか、燃費を重視するかによって変わる。例えば、速度計を見ながらぴったり60キロで走ろうとするのは相変わらず難しい。スロットルとトルクデリバリーが正しくひも付いていないからだ。

 ただし、それでも燃費重視派の人にとっては歴代のトヨタハイブリッド車の中でベストになるのもまた事実である。ハンドリングでも乗り心地でも動力性能でも、1年前に出た通常のハイブリッドであるプリウスを明らかに上回っている。

 今回のプリウスPHVのテーマの1つは、プリウスとの明確な差別化である。車両前後の造形でもはっきりと区別されているが、見た目だけでなく、乗ってもその違いがキチンと作り込まれている。中身が似たようなものをあたかも別物に見せようとしていないという意味で、ある種の正直さを感じた。

●正念場を迎えたプリウスPHV

 さて、なぜそうまでしてプリウスPHVを立てなくてはならないかというのが今回の本筋だ。事件の現場は北米マーケットだ。

 恐らく耳にしたことはあるだろうが、カリフォルニアにはゼロエミッションビークル(ZEV)規制という環境規制がある。これは一定の生産数を超えるメーカーは、州の指定するZEVを一定数量販売しなくてはならないという規制だ。しかもこれには多額の罰金、もしくは、規制を達成したメーカーの余剰枠を買い取るかという厳しい罰則が付いている。余談だが、スバルやマツダは販売数量的に引っかからないので、直撃を免れている。ただし、いつその規制が及ぶかは何とも言えない。

 このZEV規制のルールが大幅に変わった。採用する州が増え、ZEVの認定枠が厳しくなり、台数比率が順次引き上げられることが決まった。順を追って説明しよう。

 まずは規制を採用した州が増えたことが大きい。2013年にはコネチカット州、メリーランド州、マサチューセッツ州、ニューヨーク州、オレゴン州、ロードアイランド州、バーモント州の7つの州が合意書にサインして加わった。カリフォルニアと合わせて8州。これらは北米マーケットのほぼ4分の1に達するのでメーカーは逃げようがない。常識的に考えてこの規制が北米のモータリゼーションに重大な問題を引き起こさない限り、採用する州は今後も増えていくだろう。

 日本の自動車メーカーが世界で戦える理由の1つが、北米マーケットに確実に食い込んでいることだ。トヨタばかりでなく、ホンダも日産も三菱も日本と北米で強いことが競争力の源である。トヨタが北米マーケットでシェアを失うことは、その競争力を失うばかりか、ライバルVWグループのシェアの拡大を許すことになりかねない。もちろんトヨタが失ったシェアをVWが総取りということはないだろうが、模式的にゼロサムの戦いだと見ればトヨタの10%のシェアダウンは、VWのシェア10%上積みを意味し、その差は20%になってしまう。敵に塩を送ることが分かっていてみすみす負けるわけにはいかない。

●変わる北米のZEV規制

 しかも、今回の改変では、ある意味トヨタ狙い撃ちのような規制変更が行われた。従来ZEVにカウントされていたプリウスがZEV枠から外された。ほとんんどプリウス名指しの規制である。2018年から実施される新しい規制では、実質的には電気自動車と燃料電池車だけがZEV枠としてカウントされることになった。PHVは準ZEV枠扱いとなり、一定のパーセンテージまでしかカウントされなくなった。

 以下の一覧は2025年までの規制のロードマップで、左端がメーカーの全販売台数における環境対策車のトータル比率、カッコ内は左がZEV(電気自動車と燃料電池車)、右が準ZEVのプラグインハイブリッドとなる。

2018年 4.5%(2.0%・2.5%)

2019年 7.0%(4.0%・3.0%)

2020年 9.5%(6.0%・3.5%)

2021年 12.0%(8.0%・4.0%)

2022年 14.5%(10.0%・4.5%)

2023年 17.0%(12.0%・5.0%)

2024年 19.5%(14.0%・5.5%)

2025年 22.0%(16.0%・6.0%)

 一応念のために書いておくが、電気自動車と燃料電池車のエミッションがゼロなのは走行時だけである。本来はWell to Wheelで見なければフェアとは言えない。直訳すれば「油井から車輪」。つまりエネルギーが作られる場所から最終的に消費される車輪までのトータルで考えるべきだ。電気自動車と燃料電池車に当てはめれば、電気や水素の作り方によってゼロになる場合は確かにある。しかし、ホントにゼロになるのはそのすべてが再生可能エネルギー由来である場合だけだ。遠い未来はともかく、現時点の話をすれば、この二形式だけを取りだしてZEVだと言うのは欺瞞(ぎまん)に近い。

 本当に2025年までに22%(うち16.0%は電気自動車か燃料電池)を達成できるのかと言えば、それも甚だ疑わしい。日本では町と町はほとんどつながっており、おおむねどこにでも人が住んでいて、多くの人が移動するようなところは、たとえ都市間であってもそれなりにインフラが整備されている。そこにアドオンで電気自動車のインフラを普及させられる可能性はある。しかも、そもそもの走行距離が短い。

 ところが、北米では自動車はインターステーツの移動手段だ。距離が長い上に、その間は沙漠や森林だったりと基礎的なインフラがない場所もある。さらに沙漠の真ん中の充電スタンドでのんびり1時間も充電することはセキュリティ的にも危ない。こういう土地柄で電気自動車を普及させるのは難しい。

 日本国内に限れば、ギリギリ成立する日産リーフなどの短航続距離型電気自動車は、北米では航続距離の制約で都市間移動にはほぼ使えないので、都市内交通の専用機になってしまう。そういうインフラ環境を考慮したとき、PHVは給油さえできれば航続距離に制限がないことが美点になる。北米ではガソリンスタンドのインフラは完全に整備済みなので、はるかに現実的なはずだ。ところが、そういう現実的な選択肢が準ZEV扱いになっているわけだ。

●トヨタの多正面作戦

 トヨタは他社に先駆けて燃料電池車のMIRAIを市販しているが、まだ採算の取れる状況ではない。インフラ整備の面から見れば電気自動車以上に絶望的だ。トヨタがMIRAIの技術を公開した背景には、グロバールな水素技術のスタンダード争いを制した経産省、日本政府の意向もあったと思われるが、それ以上に、トヨタ以外にも燃料電池車が出て来ないとインフラの普及が進まないからだ。

 さて、少し整理し直そう。北米の理想主義的ZEV規制に従えば、完全に要件を満たすものは、電気自動車と燃料電池しかないが、燃料電池はインフラ待ちであり、そのスケジュールさえも未明なままだ。ということは電気自動車しかない。それもリーフのような短航続距離型ではどうにもならない。テスラのようにバッテリーを大量搭載するしかない。ところが、リチウムイオン電池は生産でも廃棄でも環境負荷が高い。さらに移動途中で行う急速充電はエネルギー効率が悪い。何が何でも走行中のゼロエミッションを追求することが本当の意味での環境対策になるかはかなり微妙なのだ。

 こうした北米の規制の現実を前に、トヨタが今後取っていくであろう戦術はいくつかある。既に完成しており、環境負荷が低く、実用上の問題が少ないプリウスPHVを量販することが第一だ。規制をクリアするためには、これを従来のプリウス並みに売らなくてはならない。それができなければ、罰金か他社の枠を買うかを強いられて高コスト体質になってしまう。

 では、プリウスPHVがどんどん売れればOKかと言えば、そういうわけにもいかない。準ZEV枠の上限値以上に売っても意味がないからだ。それ以上の部分はMIRAIで埋めたいのが本音だろう。しかし、それも前述の通りでなかなか計画と呼べるほどにはこなれていない。となれば、テスラ型の長距離型電気自動車を開発するしかない。

 トヨタは今回の北米のZEV規制を前に、プラグインハイブリッド、電気自動車、燃料電池車というZEVを巡る多正面作戦を展開しなくてはならないのだ。その3連戦の第一歩として、プリウスPHVは失敗が許されない。3連戦の中では、一番勝ちが見えている戦いなのだ。トヨタの北米戦略が後手に回らないためには、この勝負に何としても勝ちたい。

(池田直渡)

最終更新:9/12(月) 6:37

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