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渡辺謙が明かす、ステップアップのために“自分を壊していった30代”

オリコン 9/13(火) 8:40配信

 ハリウッドでの活躍はもちろんのこと、初挑戦のブロードウェイでも喝采を浴びた渡辺謙。最新主演映画『怒り』では、自身の娘との関係性も振り返ったという、弱さと憤りをうちに秘めて娘と暮らす父親役に臨んだ。世界が認める名優が輝かしい俳優キャリアを振り返り、ステップアップのために自分を壊していった30代、“振れ幅の欲求に従う”という最近の出演作選びについても語ってくれた。

【写真】笑顔も浮かべながら熱く語る渡辺謙インタビューカット

◆自分を壊していく作業をしていた30代の終わり

――『怒り』で演じられた槙洋平という男について、台本から「うなぎとかどじょうみたいに土のなかに潜って、もがいているみたいなところを何となくイメージしていた」そうですね?
【渡辺謙】 娘の愛子(宮崎あおい)との掛け違えたボタンを直して、しっかり前に進んでいくタイプではなくて、その掛け違えたことをずっと苛んでいるというのか、どう処理していいのかわからない。そういう人物の気がしました。結局、彼の“怒り”というのも、そんな自分自身に向けられているような。それは水のなかをスイスイと泳いでいるというより、そこにしか居場所のない男が、そのなかでもがいている感じがしたんです。

――愛子役の宮崎あおいさんとの共演はいかがでしたか?
【渡辺謙】 言ってみれば、洋平と愛子という親子の関係性のなかでしか、成立しない役なんですよね。洋平はこういう役です、愛子はこういう役です、とやっても交わらない。ふたりの間にいやな引っ張り合いがあったり、相反する気持ちがあることで、お互いの立場が見えてくるようなシーンが多かったので、いい緊張関係と、ある種の馴れ合いをないまぜにしながら、現場で演じていった気がします。30年近い年月を積み上げてしまった親子なので、そこは説明なく表さなくてはいけないし。でもやっぱり、自分の家族のことを振り返っても、男親と娘っていうのは難しいね(苦笑)。

――宮崎さんにとっても、挑戦の役という印象を受けました。
【渡辺謙】 彼女がこれまで求められてきた像というのが、似通っている気がしていました。わりとまっすぐ立っていて、正しくて、いい人である、みたいな役どころが多かったと思うんですけど、今回はかなりステップアップしなくてはいけない、ハードルの高い役だったと思います。僕にもそういう時期があったし、彼女もきっと、そういう気持ちで今回の現場に飛び込んできたと思ったので、ちょっと口幅ったいんですけど、俳優の先輩として見届けたかったし、男女の違いはあってもできる限りのサポートをしたかった。

――少し脱線しますが、渡辺さんがこれまでの俳優キャリアのなかでステップアップを意識した、新しい役への挑戦を覚悟した時期というのは、いつ頃のことですか?
【渡辺謙】 30代の終わりくらいの頃ですね。当時はまだ若手だった堤(幸彦)さんと仕事したりしていました。『溺れる魚』(2001年)『池袋ウエストゲートパーク』(TBS系列)とか、ちょっと悪役に近いような役や、一応刑事なんだけどかなりきわどい役をやったりして。そういう形で少しずつ、自分を壊していく作業をしていましたね。

――堤監督とはその後も、名作『明日の記憶』(2006年)でタッグを組まれていますね。本作は『許されざる者』(アカデミー作品賞を受賞したクリント・イーストウッドの西部劇を、明治初期の北海道を舞台にリメーク)以来の李組ですが、妥協しない完全主義者として知られる李監督とのお仕事は、渡辺さんにとってどういうものですか?
【渡辺謙】 李監督の映画は、大体答えはひとつではないんですけど、現場でも簡単に答えを欲しがらないというのか、答えを探すためにあがいているんじゃないってところが、清々しくもあり、憎々しくもあり(笑)。それぞれのシーンには、たいがい目標地点みたいなものがあるんですけど、そんなことは設定しないんです。彼はよく「腹に落ちる」って言うんですけど、そういう部分が見出せるまで、一緒に穴を掘り続けていくしかない。具体的なサジェスチョンもそんなに多くはないですし、とにかく一緒に悩んでいくしかない現場です。

◆つまらないところで論理で納得し合っても楽しくはない

――初タッグとなった前作から、若き李監督に全幅の信頼を寄せていたそうですね?
【渡辺謙】 つまらないところで、ああだこうだと論理で納得し合ってやっても、決して楽しくはないと思ったんですよ。それはもう直感的に。もちろん撮影前には、いろいろな話をしました。たまたま前の仕事が終わって、山小屋で夏休みを過ごしているときに、監督が来てくれて。役とか映画の話よりも、どうやっていままで生きてきたか? みたいな話を、お互いにずっとしていたんです。そのときにこの監督とは、映画の構造とか、役の成り立ちとか、そんな話をしてもしょうがないんだと。とにかくどうやって生きていくかという話に、正面から向き合うしかないんだという直感がありました。そこで(『許されざる者』の主人公である)十兵衛という男が、何を考えて、どう行動していくのかを悩み続けるしかないって、腹を括った。そのことは僕にとってラクな道ではなかったけれども、決して居心地は悪くなかった(笑)。

――李映画の魅力については、どう捉えていますか。
【渡辺謙】 時代背景や社会構造の違いはあるんだけど、どの時代も結局、人間ってそんなに変わっていないし良くわからない。いまの情報社会では、ある意味白黒がはっきりと色分けされて判断されやすい時代なんだけど、でもこんなに人間って揺れ動くし、ひとつに決まらないし、グレーゾーンがたくさんあるってことを、時代に逆行して提示しているような気がして。例えばいま、社会に怒りが蔓延しているというひとつの側面がある。でもそれって、どっちが正しくて、どっちが悪いの? と線引きをして、怒っているみたいな感じがする。本当はそうじゃなくて、行ったり来たり、揺れ動くのが人間なんだよねって。その切なさとかはかなさが、人を苦しめていくんだということ、人間の本質的な部分を、彼はずっと見続けているのではないかという気がします。だからこそコンテンポラリーのものでも、歴史ものであっても、刺さってくる痛みに変わりがない。どの作品もファンタジーではなく、当事者間の話であって、いまここに突きつけられた痛みみたいなものを感じさせる作品になっているんだと僕は思います。

――さまざまな時代の人物を演じられてきた、渡辺さんご自身はいかがですか?
【渡辺謙】 その在り方だから、僕は李監督が好きってところがあるんだよね(笑)。結局どんな時代でも、いま作品を観ている人たちが、我が事のように感じられなければ、何の意味もない。ただの偉人伝ではなくて、どの時代も同じで、人って逡巡したり、揺らいだり、欺瞞を持ったり、嘘をついたり、傷ついたりするんだよねということを、お客様に感じてもらえなければ意味がないと思うし、逆に言えばそういう作品なら10年経っても、古くはならないと思うんです。

◆出演作選びの基準は「自分のなかの振れ幅があって、その欲求の振れる方」

――ハリウッドはもちろん、ブロードウェイ・ミュージカルに初挑戦された『王様と私』でのご活躍など、多くのファンに夢を与えるスターでありながら、本作や、今秋放送予定の山田太一ドラマスペシャル『五年目のひとり』(テレビ朝日系)でのさえない役どころでは、小市民の共感を誘います。出演作はどのように決めているのですか?
【渡辺謙】 ずっと王様をやってるわけにもいかないからね(笑)。年齢(現在56歳)もあるんでしょうけど、いまを生きている市井の人に興味があります。自分のなかで振れ幅があって、その欲求の振れる方に、です。製作する国も、プロダクションやバジェットの大きさもあまり関係なくて。役というよりは、お話そのものが何を提供できるのか? ということだとも思うんですけどね。だからヘンな話、李相日の映画だったら「何でもやる」、山田先生のドラマだったら「何でもやらせていただきます!」と思っているけど、結局は李監督がいま興味のあることに僕もギューッと引っ張られたり、山田先生が関心を示している震災から5年目にひとりで生きていく男の話というところに、自分の針も振れている。そういうところは、すごく不思議な同期をしている感じがあります。

――本作のテーマである“人を信じること”についても、改めて考えさせられるようなお話ですね。最後に、愚問を承知でお聞きしたいのですが、本作の愛子のラストカットの佇まいを、渡辺さんはどうご覧になりましたか。
【渡辺謙】 個人的にはね、娘も、田代も、あぁ、いままで生きてたことがよかったなって思えるような、最後だったなと。彼(洋平)のバックグラウンドは、結局何も解消されていないけど、ただひとつだけ、洋平も、愛子も「信じる」ということを一度止めてしまった傷みたいなものに、ちょっとつける薬は見えたのかなって。痛みも傷跡も全然解消しないまま、映画は終わっていくので、その辺は、なかなか単純に、ひとつの答えを編み出せる映画ではないんだなって気はしますけどね(苦笑)。とにかく観ていただいた方に、少しでも答えみたいなものを見出してもらえたらいいと思っています。
(文:石村加奈)

最終更新:9/13(火) 8:40

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