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【あの時・ホーナー旋風】(2)株価も上昇させたデビュー2戦目の3本塁打

スポーツ報知 9月12日(月)15時20分配信

■公開練習に報道陣250人

 来日から2日後の1987年4月29日。デビュー前に神宮でのナイターに慣れるように、球団はホーナー一人だけのために公開練習を企画した。その日、ヤクルトは横浜で大洋戦。国際スカウトとして獲得に携わり、通訳を兼務していた中島国章は、ホーナーから怪訝(けげん)な表情で言われた。「練習になぜ、こんなに人が集まるんだ?」

 「報道陣は100人ぐらいと予想していたら、とんでもない。250人も来ちゃった。横浜で試合があるのに、担当記者も評論家もこっちに来ちゃって。で、すごい当たりを飛ばすんだ」

■5月5日のデビュー戦

 デビュー戦は5月5日、神宮での阪神戦に決まった。

 「調整して、わざわざこどもの日にしたんだ。阪神戦はお客さんが入るから」

 「3番・三塁」でスタメン出場。ホーナー見たさに詰めかけた観衆は5万2000人にも膨れ上がった。第1打席、遠山から四球。第2打席は仲田から遊撃内野安打を放った。そして第3打席の5回2死一塁。仲田の初球、外角低め直球を逆方向へ運んだ。右翼ポール近くに着弾する1号2ラン。現役大リーガーが見せた技ありの一撃に、日本中が熱狂した。だがナインの心をつかんだのは、一発よりも第2打席の光景だった。

 「内野安打なんだけど、一塁に全力疾走したんだ。感動だよ。一生懸命やるんだ、たいしたもんだって。ちょっと体もたるんでいたし、『どうせバッティングだけだろう』と言う人もいた。でもあの全力疾走で『見習わなくては』と変わってきた。ヤクルトに意識革命をもたらしたんです」

 「ホーナー効果」は球場内にとどまらなかった。

 「ヤクルトはホーナーが来るまで、選手は洗濯物を持ち帰って、家で洗っていた。それにホーナーが驚いて『おかしいよ。ここにいるみんなは日本のメジャーリーガーなんだろ?』って。ホーナーは松園オーナーのバックアップを得た、本社を挙げてのプロジェクト。球団は『ホーナーがこんなことで帰国したら、どうする!?』と。次の日から業務用洗濯機が2台、クラブハウスに入って、球団が洗濯するようになったんです」

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最終更新:9月12日(月)15時20分

スポーツ報知

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