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【あの時・ホーナー旋風】(5)「99・9%日本に戻らない」帰国後発言の真意

スポーツ報知 9月12日(月)15時40分配信

■AP通信のインタビュー

 87年オフ。ホーナーが帰国してから約1か月後の11月25日。AP通信が報じた電話インタビューは、日本中に衝撃をもたらした。

 「99・9%、日本に戻らない。野球ではない何かをプレーするために、地球を半周するのは考えものだ。日本の人たちは私に非常に良くしてくれたが、私は大リーグにカムバックする準備ができている」。コメントには日本球界への失望と決別が込められていた。この談話について、通訳だった中島国章は、必ずしも彼の本意ではないと断言する。

 「そんなことは言っていないと、僕には話していました。誤解している人も多いと思うけど、間違いなく日本のことは好きだったし、愛していたと思いますよ」

 それでも中島はシーズン中から、ホーナーは1年で日本を去ると予見していた。

 「『メジャー1000安打まであと6本で、これを達成したい。個人成績のけじめをつけたいんだ』と、外国人選手には話していました。だから、来季はないなって思っていた。でもスパイじゃないから、球団に『こんな話をしていました』とか、報告しませんよ。とにかくホーナーに『居心地のいい国だった』と思ってもらえれば、これからどんどんメジャーの一流が日本に来てくれるという思いはありました。日本野球が良く思ってもらえるよう、努力したつもりです」

■もうひとつの違う野球

 だが中島自身、ホーナーへの誤解を助長してしまったかもしれないとの思いもある。翌年5月、ホーナーは一冊の本を著した。「地球のウラ側にもうひとつの違う野球があった」。翻訳を担当したのが中島だった。本は話題となり、売れに売れた。中身をしっかり読めば、日本への敬意も描かれているのだが、題名が一人歩きしてしまった。

 「タイトルが良くなかったね。日本の悪口を書いているように思われちゃった。ホーナーはただ1年契約を全うしただけなんです」

 88年、カージナルス入りしてメジャーに復帰したホーナーだったが、左肩痛が回復せず、この年限りで引退を決断した。31歳の若さだった。中島がねぎらいの言葉を掛けると、ホーナーは笑った。「けがをしたのが米国に戻ってからで、よかった。もし日本にいたときにけがをしていたら、大変な騒ぎになって、ヤクルトに迷惑をかけただろうね」

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最終更新:9月12日(月)15時40分

スポーツ報知

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