ここから本文です

クルキッドスティックで語り継がれるジョン・デーリー伝説

ゴルフダイジェスト・オンライン(GDO) 9/13(火) 8:10配信

◇米国男子プレーオフ第3戦◇BMW選手権◇クルキッドスティックGC(インディアナ州)◇7567yd(パー72)

【画像】ジョン・デーリー“伝説の1勝”を日本人カメラマンの写真で回顧

米国中西部のコースを舞台に持ち回りで開催されるBMW選手権はことし、4年ぶりにクルキッドスティックGCで行われた。州最大の都市インディアナポリスの北、閑静なカーメルという町にあるクラブは、同大会のほか「全米女子オープン」「ソルハイムカップ」「全米シニアオープン」などをこれまでに開催。その中でも、最も広く知られているのが、1991年の「全米プロゴルフ選手権」だ。

松山英樹が生まれる約半年前のメジャー。主役はジョン・デーリーだった。その後にゴルフ界きっての荒くれ者として名を馳せたデーリーも、当時はまだ、下部ツアーから這い上がってきたプロのひとり。それが突如、覚醒する物語がこの地にはある。

シンデレラストーリーは、メジャー通算3勝のニック・プライス(ジンバブエ)が妻の出産を控え、全米プロ出場を急きょ取りやめたところから始まった。デーリーは欠場者が出た場合に出場権が繰り下がる待機選手として、テネシー州メンフィスの自宅にいた。

優先順位は9番目と望みは薄かったが、上位の8人が立て続けにキャンセルしたことが開幕前日に分かり、デーリーは会場に駆け付けた。約490マイル、およそ788km(東京から広島ほどの距離)の道のりを一晩かけて自動車で激走し、大会初日の朝に到着。午後のスタートだったことも幸運だったが、練習ラウンドは一切できないまま、ボスの欠場で手が空いたプライスのキャディであるジェフ・メドレン(通称スクウィーキー)のサポートを受けてティオフした。

世界ランキングは169位だったが、7289yd(当時)のロングコースは稀代の飛ばし屋にぴったりだった。第1ラウンドで同組だったボブ・ロアーは米メディアにこう語っている。「1番ホールで(デーリーは)1番アイアンでティショットを打ったんだ。僕らはみんなドライバーを使ったのに。私はすごくいいショットをしたんだけど、1番アイアンで置いて行かれた。3番のパー3では、ジョンは私より3番手は短いクラブで打っていたんだ」

バックナインの難所は90度近く左に曲がるドッグレッグの14番。デーリーが当時を懐古したところによると、多くの選手は右サイドにボールを置き、2打目で2I、3Iなどのロングアイアンを持ったが、デーリーはティグラウンドで誰よりも左を向き、280yd先のクリークを超え、セカンドは「ロブウェッジで打っていた」という。

圧倒的な飛距離を武器に、クルキッドスティックでツアー初勝利をメジャーで飾ったデーリー。「これが自分のやり方なんだ。誰が何と言おうと、俺が勝ったんだ。ギャラリーとハイタッチをしたから右手が痛い。最高の気分だ」

ちなみに、「BMW選手権」が当地で行われた前回、2012年大会のチャンピオンはロリー・マキロイ(北アイルランド)。そしてデーリーがシニア入りした今年、ダスティン・ジョンソンが他選手を圧倒した。時代をリードするロングヒッターのチャンピオンが、ここでまたも誕生した。(インディアナ州カーメル/桂川洋一)

最終更新:9/13(火) 8:47

ゴルフダイジェスト・オンライン(GDO)

なぜ今? 首相主導の働き方改革