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トークのウソはどこまで許されるのか?

アスキー 9月13日(火)17時0分配信

先日、友人と話していて「ビジネストークのウソはどこまで許されるのか?」という話になりました。たとえば、転職の面接などで自分のスペックをどれだけ「盛る(フィクションを混ぜる)」ことが許されるのかってこと。

 先日、友人と話していて「ビジネストークのウソはどこまで許されるのか?」という話になりました。たとえば、転職の面接などで自分のスペックをどれだけ「盛る(フィクションを混ぜる)」ことが許されるのかってこと。
 
 僕もフリーランスの仕事をしていますので、新規クライアントへのプレゼンのとき、仕事欲しさのあまり「少し話を盛っちゃおうかなぁ…」なんて誘惑にかられることもあります。そんなときこそ、一歩立ち止まって、冷静に考えるようにしています。
 
ウソはウソという記号とセットで
 居酒屋で飲みながら、誰かの自慢話や武勇伝を聞かされたら、多くの人は「盛ってるなぁ…」なんて話半分で聴き流すかもしれません。もしくは、テレビのバラエティ番組で出演者の笑い話を聞くときも同じです。そこには、真偽を超え、信じたい人は信じれば良いし、信じたくない人は信じなくても良い、そんな空気感でコミュニケーションが進んでいきます。そこには「酒の席」とか「楽しさを提供する」など、フィクションとしての記号が含まれるからです。たとえるなら、テーマパークのキャラクターの中に人間が入ってることに、誰も怒らないことと似ているかもしれません。
 
 1970年代に「なんちゃっておじさん」のウワサが日本中を賑わせたことがあります。都市伝説ともいわれていますが、電車の中などで急に泣き出したり、苦しんだりし、周囲の人が心配すると「なーんちゃって」と言いながらウソであることを明かす男性の目撃情報がメディアに寄せられました。そのブームは、ラジオ番組のコーナーになったり、本人を探す新聞広告が企業から出されたほど。なんちゃっておじさんが最後に言う「なーんちゃって」というフレーズ、誰にとってもわかりやすい「ウソであることの記号」が流行語になったほど。
 
 余談ですが、本人とおぼしき申し出の電話が広告主にあったものの、最後に「なーんちゃって」と言って電話を切られたそう。最後まで謎に包まれたブームでした(笑)。
 
スペックのウソは致命的
 一方で、スペックについてのウソは致命的に信用を失うことになります。経歴や学歴を詐称したことで、すべてのキャリアを棒に振ったテレビコメンテーターがいたり、自動車の燃費性能を都合良く公表したことで、大きく企業イメージを損なったことも記憶に新しいことだと思います。
 
 そうしたスペックは数値だけに限らず、できないことをできると申告したり、効果のないものをあると説明することも含みます。ましてや、利害関係や契約、雇用関係があれば事態は深刻になります。
 
一番の問題は「ウソが習慣化すること」
 「小さなウソをつくと、それを補うためにさらにウソをつく必要がある」や「ウソつきはドロボウの始まり」なんて言葉があるように、ウソはつきだすときりがなくなります。最終的にウソは肥大化して、末期ではニッチもサッチもいかなくなり、破綻してしまうのは例を挙げるまでもないでしょう。
 
 それと同時に、ウソに対する罪悪感が薄れていくこと。「以前からそうだった」「みんなやっている」そうした思い込みが、社会の構造を歪にして対立を生み出します。習慣化したウソを許容するグループを許容できないグループが糾弾する。そんな構図が増えてきました。
 
 さらに、以前であれば逃げ切れそうだったことも、ネット時代に入ってからそうした対立が表面化するスピードが加速してきました。つまり、SNSや動画投稿サイトの普及により、過去の発言や映像を検証する人が爆発的に増え、ウソがバレやすい時代になったとも言えます。
 
エンターティメント業界におけるフィクション
 自分の仕事の秘密を明かすようですが、良いマジシャンは秘密の部分をできるだけ最小限にしていく傾向にあります。フィクションであるがゆえに、ウソ(仕掛け)をゼロにすることはできませんが、できるだけ工夫をして最小限になるようにしています。
 
 具体的に説明すれば、仕掛けのあるトランプを使うときは、あえて「普通のトランプです」などと言わずに、単に「トランプです」とだけ言えばいい。観客にウソのセリフを使わずにすむからです。不用意にウソを増やせば、それだけマジシャンの苦労は増え、観客に秘密がバレやすくなってしまうことを知っているからです。
 
 マジックだけでなく、映画業界でもスペクタクルシーンでのCGなどの活用を最小限にすることを好む監督もいます。映画『タイタニック(1998年)』では、10分の1モデルのタイタニック号を使い、近年の海底調査で判明した新事実「船体が前後で2つに折れて沈没した」を再現しています。つまり、つく必要のないウソはつかない。逆に言えば、ウソをつくことの苦労、完全に人を騙すウソの労力を知っているからこそ。そう筆者は考察しています。
 
 蛇足ですが、筆者はマジックの本番以外ではほとんどウソはつきません。なぜなら、出演料をもらわずに「ウソ」という労力の多い非効率な行為する価値をあまり感じないからです。なーんちゃってね(笑)。
 
前田知洋(まえだ ともひろ)
 
 東京電機大学卒。卒業論文は人工知能(エキスパートシステム)。少人数の観客に対して至近距離で演じる“クロースアップ・マジシャン”の一人者。プライムタイムの特別番組をはじめ、100以上のテレビ番組やTVCMに出演。LVMH(モエ ヘネシー・ルイヴィトン)グループ企業から、ブランド・アンバサダーに任命されたほか、歴代の総理大臣をはじめ、各国大使、財界人にマジックを披露。海外での出演も多く、英国チャールズ皇太子もメンバーである The Magic Circle Londonのゴールドスターメンバー。
 
 著書に『知的な距離感』(かんき出版)、『人を動かす秘密のことば』(日本実業出版社)、『芸術を創る脳』(共著、東京大学出版会)、『新入社員に贈る一冊』(共著、日本経団連出版)ほかがある。
 
 
文● 前田知洋

最終更新:9月13日(火)17時0分

アスキー