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【パラ陸上】男子走り高跳び・鈴木徹が4位…日本人初の義足のプロアスリートは5大会連続入賞

スポーツ報知 9月13日(火)12時53分配信

 日本人初の義足のプロアスリート・鈴木徹(36)=SMBC日興証券=が、12日に行われた男子走り高跳び決勝(T44下肢切断など)で1メートル95を跳び4位入賞。大学生で初めて出場した2000年シドニー・パラリンピックから5大会連続入賞を果たした。

 鈴木は、5月に行われたIPC(国際パラリンピック委員会)世界陸上・リオ大会で2メートル2のアジア記録を樹立。メダルへの期待は高かったが1メートル95の記録で、前回ロンドン大会と同じ4位で競技を終えた。「すごく残念。まだまだ力不足と」と悔しがった。

 鈴木は高校生の時、ハンドボール山梨代表として国体に出場、陸上100メートルでも11秒台をマークするなどスポーツ万能の青年だった。しかし、高校生活が終わろうとしている春に交通事故で右足をひざ下から失った。スポーツを再び行うために、鉄道弘済会・東京身体障害者福祉センターの義肢装具士・臼井二美男氏を訪れ、義足を作成。義足を使いこなすための数か月のリハビリの過程で、走高跳びと出会った。

 初めて出場した00年九州パラリンピックで、当時の障がい者日本記録の1メートル74をいきなりマーク。その後1メート81の日本記録を樹立、シドニー・パラリンピックに出場し6位入賞。04年アテネ・パラリンピックでも6位入賞を果たした。

 日本人初の義足のプロアスリートとなり臨んだ、06年岡山開催のジャパン・パラリンピックで日本記録を更新する2メートル00を跳び、当時、世界で2人しかいない2メートルを跳べる義足ジャンパーになった。08年北京パラリンピックでは日本人選手団の旗手を務め、過去2大会の記録を超える5位。12年、ロンドン・パラリンピックでは1メートル98で4位入賞した。

 ◆鈴木 徹(すずき・とおる)1980年5月4日、山梨県生まれ。36歳。SMBC日興証券所属。既婚、息子が2人いる。高校卒業直前に交通事故で右足を切断。2000年に出場した初の公式大会で当時の障がい者日本記録を超える1メートル74をマーク。パラリンピック初出場となったシドニー大会で6位入賞してから、16年リオデジャネイロ・パラリンピックの4位まで5大会連続で入賞を果たした。自身の経験を活かし、小中学校や大学、企業など、全国で講演活動を行っている。

最終更新:9月13日(火)12時53分

スポーツ報知

TEDカンファレンスのプレゼンテーション動画

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