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【こちら日高支局です・古谷剛彦】韓国G1生観戦 ジャパンCに似た衝撃<3>

スポーツ報知 9月14日(水)7時7分配信

 「小さな成功」と称したなかに、広報などの現場レベルの対応がある。自分が見て思ったことは、通訳とのコミュニケーションで、当事者間の行き違いが起きたこと。装鞍を終えた日本馬の陣営とKRA関係者が、強い口調でお互いが話しているシーンを目の当たりにした。日本語の通訳は今年の大井との交流競走から担当になった人。日本語は堪能でも競馬用語となると理解していない。今回の滞在時の対応などを含め、用語を伝えきれていなかったそうで、どうしても行き違いは生じた様子だった。レース直前にも見られ、陣営も戸惑いはあったが、何とかKRA側も対処。事なきを得た。通訳に非はなく、何とか対応しようと必死になって陣営の言葉を伝えようと努力していた。競馬用語は独特で、わからないのは当然である。

 これはどの国にもあることだろう。まして、今回が第1回の開催である。ジャパンCの創設時、まだ1人のファンだったので内情は知らないが、当時も先進国のメディアから恐らく、JRAの対応には不満を感じる人もいたのではなかろうか。逆の立場になって物事を考えれば、KRAも戸惑いを感じながらも、様々な対応をしてくれたと私は実感する。

 ヒョン会長やパク競馬本部長から、何度か出てきたのが「国際化」「パート1入り」という言葉。韓国競馬がこれまで、閉鎖的な面があることを自戒している印象を受けた。そのことを自覚している点に、発展へとつながる可能性をもっと感じるべきだと思う。

 日本と韓国のつながりは1966年の韓日親善、68、69年の国際親善競馬で、中野栄治調教師の父である中野要調教師が、所属する大井競馬場の騎手をあっせんしたことから始まった。70年代にその交流が途絶えたが、80年にソウルで開催されたアジア競馬会議を機に、大井と愛知で騎手交流が再び実現した。その後も新潟、上山、船橋、福山で韓国騎手招待が実施され、船橋や新潟の騎手がソウル競馬場に招待されることもあった。

 JRAでも韓国馬事会杯が93年から始まり、95~97年は同じ日に韓国騎手招待が2鞍組まれた。この頃、ソウル競馬場では「JRAトロフィー」というレースが始まり、開催日に東西からJRA騎手が招待されていた。2005~13年には、韓国馬事会国際騎手招待レースが実施され、JRAから1人が参加するなど、交流の歴史がある。(競馬ライター)=つづく

最終更新:9月14日(水)9時18分

スポーツ報知

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