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水海道さくら病院・廣井信理事長、今も続く苦悩明かす…常総水害から1年

スポーツ報知 9月14日(水)6時6分配信

 茨城県常総市の鬼怒川が氾濫し堤防が決壊するなどし、死者8人、負傷者80人となった関東・東北水害。市内の中核病院である「水海道さくら病院」は当時、浸水被害を受け、患者や職員ら約140人が病院に取り残された。避難の陣頭指揮を執った廣井信(まこと)理事長(58)がこのほどスポーツ報知の取材に応じ、「今でも大雨洪水注意報が出ると過敏に反応してしまう」と苦悩を明かした。(江畑 康二郎)

 大規模水害から1年。病院裏手の外壁にくっきり残された、濁流の水位を示す線状の痕が、当時のすさまじさを物語っていた。「大雨が降り洪水注意報が出ると、過敏に反応してしまう。職員や患者もニュースにくぎ付けになる。あの時の事がトラウマのようによみがえってくる」と、廣井理事長は静かに口を開いた。

 昨年9月10日午後0時50分頃、鬼怒川の堤防が決壊。約800メートル離れたさくら病院にも、地下1階に水が流れ込み、午後5時ごろから水位が上昇。2時間後、一気に水位は増し最大1・5メートルに。1階まで水没した。陸の孤島と化した病院に患者89人、職員41人ら計137人が取り残された。廣井氏は「とにかく患者を助けなければ」と、患者を毛布で包み最上階の3階へ移した。「大丈夫ですよ。助けがきますから」と励まし、裸足で駆けずり回った。大きな混乱は回避できた。

 約50人が人工透析患者だったため、救出は時間との勝負だった。人工透析は腎不全などで衰退した腎機能を補うために一日おきに約4時間行わなくてはならない。1階の人工透析室は水没したため、急いで外部の医療機関に搬送する必要があった。だが未曽有の水害に自衛隊、災害派遣医療チーム(DMAT)などによる救助活動は難航。病院スタッフは夜を徹して緊急会議を開き、最重症患者の搬送順を決めた。11日に患者約20人を救助。夜間もボートによる救出活動が続き、12日午後4時半ごろ、全員無事避難した。仮に救出がさらに遅れれば、患者が尿毒症で意識障害などをきたすおそれもあった。

最終更新:9月14日(水)6時6分

スポーツ報知

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