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伊調馨 国民栄誉賞受賞決定会見(上)五輪4連覇でも「自分のレスリング人生は50点」 おねだりしたい受賞の記念品は…

産経新聞 9月13日(火)17時11分配信

 《リオデジャネイロ五輪のレスリング女子58キロ級で金メダルを獲得し、女子個人種目で五輪史上初の4連覇を達成した伊調馨(32)は13日、国民栄誉賞の受賞が決まったことを受けて東京都内のホテルで会見した》

 《会場に姿を現した伊調は黒いジャケットに薄いピンクのズボン姿。髪を下ろし、左胸に花のコサージュをつけている。司会者に名前を紹介されると、立ち上がって一礼。司会者に促され、マイクを持った》

 伊調「皆さん、こんにちは。女子レスリングの伊調馨です。本日はお忙しい中、お集まりいただき、ありがとうございます。このたび、国民栄誉賞を受賞することができました。自分自身の中では信じられない気持ちが大きいですが、本当にこれまで私を支えてくださったALSOKさん、日本レスリング協会関係者の皆さまに、感謝の気持ちでいっぱいです。今後、自分の人生をこれまで以上にもっともっと考えていかなければならないなと、身が引き締まる思いです。今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。本日はありがとうございました」

 《報道陣との質疑応答が始まった》

 --このたびはおめでとうございます。国民栄誉賞を受賞されたということで、一番どなたにこのことをお伝えしたいですか。国民栄誉賞を受賞された際に、楯とともに記念品が贈られるんですが、伊調さん、何かほしいものはありますか。

 伊調「そうですね…。一番伝えたい方…。試合の時に『最後は母が助けてくれた』と言ったので、母に伝えたい気持ちもあるんですけども、うーん、母はきっとこう言うだろうなと思っています。それは『死んだ人間に感謝するのではなくて生きた人間に感謝しろ』って言いそうな気がするので、これまで自分のことを支えてくださった関係者の皆さま、そして、一番練習でお世話になった警視庁第6機動隊の皆さまには、横断幕を作ってくださったり、本当に温かく迎えてくださったので、一番伝えたい方々かなと思います」

 《伊調の母、トシさんは平成26年11月に急逝。リオ五輪で4連覇を決めた後のインタビューでは「本当に、最後はやっぱり、お母さんが、助けてくれたと思います」と話していた》

 伊調「えー、そして、私がほしいものは、オリンピックに4度出場させていただいて、これから世界に出ていく機会ってのは増えていくと思うので、日本人女性として、お着物だったり、そういった、日本人の女性としての誇りである和装の文化っていうのを伝えていきたいなという気持ちも、この歳になってでてきました。ちょっとおねだりできたらいいなと思います」

 --研究もされて厳しい戦いもあったと思いますが、中でも苦しかった時期はいつですか。印象に残った試合があれば教えてください。

 伊調「やはり、練習はもちろん厳しいものですし、厳しい練習をしなければやっぱり世界ではいいレスリングができないし、ましてや勝てないと思っています。その練習をいかに楽しくするか、自分一人では乗り越えられない練習も仲間がいることで乗り越えられたりするので、苦しい、つらいと思いながらでも、楽しくやってきたかなと思います。こういう結果だったり成績が出せたのも、自分自身、レスリングの追求とか研究を、勝つこと以上にこだわってやってきたからじゃないかなと思います」

 --印象に残ったた試合は。

 伊調「本当に長いことやってきているので、オリンピックのどの試合も印象的ですし、最近の試合では、やっぱりリオオリンピックっていうのは、鮮明に残っている試合でもありますし。あの決勝の試合は本当に悔しい内容で、できればやっぱりもう一度あの選手と戦いたいなと思います」

 --おめでとうございます。2つ聞きたいと思います。まず1つ目です。4連覇を達成したあの瞬間、いつも厳しい自己評価をする伊調さんですが、案の定、30点とおっしゃっていました。4連覇を達成し、今、国民栄誉賞を獲得しました。振り返ってレスリング人生の採点っていうのはいかがでしょうか。

 《伊調はほほえみを浮かべ、答えた》

 伊調「自分の中ではまだ通過点というか、まだまだこれから自分のレスリングはどんどんいいものを作っていきたいと思ってますし、これから若い世代にも自分が教わってきた技術とか考え方だったり、取り組み方、そういうことも指導していきたいなという気持ちもあるのでこれまでの自分のレスリング人生…まだ半分かなと。50点ぐらい」

 《記者が「国民栄誉賞をとっても満足してない?」と尋ねると、伊調は「そう言われると…」と苦笑いを浮かべた。質問は2020年東京五輪にも及ぶ》 

 --2020年東京五輪での5連覇はどのように考えていらっしゃいますか。

 伊調「次が東京オリンピックっていうのは私にとってはすごく…東京でオリンピックやるってのは本当になかなかないことですし、仮に自分が挑戦できるかもしれないと思うと、やはり挑戦してみたいっていう気持ちになるときも、もちろんあります。でも今考えられることは、やっぱり自分のけがの状態もありますし、まあ年齢は関係ないですけれども、まず自分がこれから何をしたいのかゆっくり考えながらいろんな選択肢の中でつめていけたらいいなと思います。もう少し時間をかけて考えることなのではないかなと考えています」

=(下)へ続く

最終更新:9月13日(火)17時11分

産経新聞