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噴火の猛威伝える 大野木場小焼失から25年

長崎新聞 9月13日(火)9時29分配信

 雲仙・普賢岳噴火災害で旧南高深江町(今の長崎県南島原市深江町)の大野木場小が焼失してから、今月15日で25年になるのに合わせ、島原市平成町の雲仙岳災害記念館で災害の猛威を伝える企画展が開かれている。約1万5千人が犠牲になったとされる江戸時代の島原大変の被害状況を記録した古文書も展示している。30日まで。

 災害前後の大野木場地区の様子、灰をかぶった農作物、ヘルメット姿で通学する小学生などを捉えた写真41点、同小を襲った火砕流の熱風で焼けた児童用の机と椅子、骨組みだけになった農機具など被災物11点を展示。1792(寛政4)年に普賢岳噴火の影響で眉山が崩壊し、土砂崩れと津波を引き起こした島原大変に関する巻物「肥前国嶋原大変図説」も公開している。

 同記念館によると、図説は東京大地震研究所の元所長、石本巳四雄氏=故人=の孫から今年、提供があった。巻物の最後には、寛政9年に高橋義輝という人物がまとめたと書かれている。噴火活動で溶岩が流れた様子や眉山崩壊による土砂の流出状況を図で説明。島原大変の経過、神社や寺の被害状況、亡くなった下級武士の名簿などを書き記している。

 島原市の郷土史家、松尾卓次さん(81)は「これまで知られていなかった事実が書いてあるわけではないが、関東大震災や東京大空襲を逃れ、良い状態で保存されているのは貴重」と話した。

長崎新聞社

最終更新:9月13日(火)9時29分

長崎新聞