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ホークス和田がトミー・ジョン手術で学んだこと 元の自分より強くなりたい

西日本スポーツ 9月13日(火)12時0分配信

 日本ハムとのデッドヒートが一呼吸の月曜日も、和田毅投手(35)が大好きな野球を語る「月曜から野球ばなし」。第6回は「トミー・ジョン手術」についてです。ソフトバンクから海外フリーエージェント権を行使し、オリオールズ移籍早々に手術。マイナーでの実戦復帰まで1年、カブスへ移籍してのメジャー初登板まで2年2カ月…。手術前後の思いと、手術から学んだことを紹介します。

【写真】和田の左肘に残る手術痕(2012年6月)

 4年前の2012年、左肘の靱帯(じんたい)再建、通称トミー・ジョン手術を受けました。傷ついた肘の靱帯を切除し、体の一部から摘出した正常な腱(けん)を移植するものです。

 オリオールズに移籍してすぐのこと。現実を受け入れるまではキツかったですね。入団時のメディカルチェックでは何も出なかったのに、キャンプで違和感が出て、故障者リスト入りして開幕。マイナーで調整したけど、4月に靱帯の部分断裂が見つかった。セカンドオピニオンも同じで、5月に手術を受けました。

 何が原因かは分からないままですけど、思えば前年、11年のクライマックスシリーズで、レギュラーシーズン中は全くなかった嫌な感じというか、張りがあった。その後、日本シリーズ第1戦は大丈夫だったのに、第6戦でまた良くない。中6日なのにおかしいなと思いつつ、その時期まで投げたら当然の疲労だろうな、とも思ってたんです。実際、日ごとに良くなって張りも消えた。メディカルチェックもクリアして、大丈夫だな、やっぱり疲労が原因だったんだ、良かった…と思ってたんですが。

 手術と、手術せずに状態を上げていく保存療法があります。どちらにするかは球団と話し合って決めることですが、僕の場合、医師から靱帯の幅の90%が切れていると聞かされて「手術を受けないと無理だな」と自分では思っていました。腹をくくったというか、それしかないと。

 麻酔が切れて、病院のベッドで目が覚めて。リハビリも最初はろくに体を動かすこともできない。「何やってんだろうな」という思いでした。ボールを握れるようになるまで4カ月。キャッチボールも10メートルぐらいからのスタートでした。

 ただ、手術にあたって「元の自分より強い自分になって戻りたい」と思っていた。「強い」というのは体の強さ、それとフォームの見直しです。そういう肘になったということは、そういう投げ方だったということ。同じようなケガをしない投げ方にしなきゃいけないし、よりいい球を投げるにはもっといい投げ方があるかもしれない…と。いろんなことを考えました。目標は手術から丸1年後のメジャー登板。結果的にそれだけの準備期間をとらざるを得ない以上、その時間を無駄にしたくなかった。

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最終更新:9月13日(火)12時0分

西日本スポーツ

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