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<熊本市>最後の避難所閉鎖 最大11万人が生活

毎日新聞 9月15日(木)11時33分配信

 熊本地震の避難者を受け入れてきた熊本市最後の避難所「市総合体育館」(同市中央区)が15日、閉鎖した。同市の避難者は本震翌日の4月17日に最大11万750人に上り、避難所は同21日に267カ所に達したが、同体育館だけが残っていた。この日は朝から、30世帯44人の避難者が補修を終えた自宅や仮設住宅、知人宅などに向かった。

 「頼もしく生きた娘を思えば、前に進まないといけない」。同区の中牟田広子さん(76)は体育館で、目に涙を浮かべながら段ボールの間仕切りの中を片付けた。飲食店を始めて43年。同区で切り盛りした小料理屋「味道場」は損壊し、建物の所有者は解体を決めた。心細い避難生活を支えたのは2009年に47歳で亡くなった一人娘だった。

 長女真弓さんは、10歳で若年性糖尿病を発症。それでも10代後半にポップス歌手「中谷衣里(えり)」として大手レコード会社から「キンモクセイの並木路(なみきみち)」でデビューを果たした。インスリンの自己注射を続けながら九州各地などで公演。その後、乳がんなどを患い、片足の膝下も失っても弱音は吐かなかった。

 小料理屋の外壁には建物の倒壊危険性を調べる応急危険度判定で「危険」を表す赤い紙が張られたまま。常連客から「予約できるかい」と携帯電話で尋ねられて閉店と伝えると、「どこの店に俺は行けばいいの」と返してくれる言葉が慰めであり、励ましと感じる。ただ店を再開するめどは全く立たない。

 娘と2人で暮らした10階建てマンションは、地震で壁がはがれ落ちて生活できず、真弓さんのレコードやステージ衣装も傷ついた。避難所での朝食後は自宅の片付けに向かい、夜に避難所に戻る生活を5カ月続けた。新居は同じマンションの損壊が少なかった部屋。何とか残った娘のレコード3枚は「絶対壊れないように」と金庫にしまった。「不安は多く寂しいけれども、娘のお墓を守れるのは私だけ」と気持ちを奮い立たせる。

 熊本県内の避難者数は、熊本市を除くと8市町村で426人(14日現在)。避難者数が220人と最も多い益城(ましき)町も避難所閉鎖を検討しているが、御船町(94人)と南阿蘇村(35人)は仮設住宅の不足や一部地域の断水が続き、当分の間、閉鎖はできないという。【柿崎誠】

最終更新:9月15日(木)13時48分

毎日新聞

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