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妻・三田寛子はおわび行脚、会見に姿見せず…橋之助不倫騒動

スポーツ報知 9月15日(木)6時6分配信

 10月に歌舞伎の大名跡である8代目・中村芝翫(しかん)を襲名する中村橋之助(51)が、15日発売の「週刊文春」で30代の京都の芸妓(げいこ)との不倫交際を報じられ、14日夜に都内で緊急会見した。相手の女性と20年ほど前から面識があることを認め、「私の不徳の致すところです」と7回繰り返して謝罪。男女関係も否定しなかった。襲名直前のスキャンダルに妻・三田寛子(50)からは、「認識が甘い」ときつく叱られたことを明かし、離婚は「ないと信じています」と必死に前を向いた。

【写真】披露宴での中村橋之助・三田寛子夫妻(91年11月)

 三田はこの日、会見場には姿を見せず、コメントなども出さなかった。関係者によると、夫の不祥事でひいき筋や仕事の関係者に頭を下げ、おわびや事情説明に回っていたという。

 歌舞伎界では襲名までに、約1年かけ、あいさつ回りは1000か所を超えることも珍しくない。最近テレビへの露出が増えたのも、夫の襲名興行をPRし、盛り上げる目的もあった。舞台が開幕すれば、粗相は許されない。裏方だが、神経のすり減る激務。今回の騒動でさらに仕事が増えてしまった。

 タレントとして個性的なキャラクターが愛された三田は歌舞伎界をまったく知らずに飛び込んだ。先代芝翫夫妻には「どこに出しても恥ずかしくない梨園(りえん)の妻に」と厳しく育てられた。跡継ぎの男の子を、三人も出産したことだけでも“偉業”だ。しかし、長男を出産する前に流産するなど悲痛な経験もあった。

 歌舞伎界では初めてとなる親子4人の同時襲名が決まり、昨年9月に会見を開いた。会見場では後方で心配そうに見守っていた。三田は本紙の取材に「でもあの一番つらい時に励ましてもらったことで、どれだけ救われたか。いまも、本当に感謝してるんですよ」と本紙OBの記者の名前を挙げ、その時の話をした。

 橋之助との初デート。車の中で橋之助に「音楽をかけていいですか」と言われ、聞こえたのは邦楽の「船弁慶」。三田は「この人はどこまでも歌舞伎の好きな人なんだ」と橋之助の純粋さに引かれたことを明かした。

 「うちは家族がどこまで一致団結できるか。誰一人欠けてもダメなんです」。会見場でそう話す姿は梨園の妻のかがみそのものだった。

最終更新:9月16日(金)8時42分

スポーツ報知

TEDカンファレンスのプレゼンテーション動画

斬首動画が何百万回も再生されてしまう理由
昔は街の広場で、現代はYouTubeで。歴史を通じ、公開処刑には必ず人だかりがつきものでした。人が処刑というものを、恐ろしく不快に感じながらも、つい気になって見てしまうのはなぜか。フランシス・ラーソンが人間と公開処刑の歴史、中でも斬首刑に焦点を当てて解説したこのトークは、気分の良い内容ばかりではありませんが、同時に興味をそそること間違いないでしょう。