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【誰かに教えたくなる話】120歳まで生きて長寿世界一だった泉重千代さんが「70歳から始めたこと」とは?

TOKYO FM+ 9月15日(木)12時30分配信

世界はもちろん、日本にも、世の中を変えてきた先人たちが、たくさんいます。いろいろな方面から、それぞれの形で。お話しするのは、「生きた年齢」で世の中の記録を更新した、あるひとりの有名な人物のエピソードです。

長寿の国、日本。
つい最近まで、ギネスブックに載っていた男性の世界最長寿も、日本人でした。
一度は名前を聞いたことがあるのではないでしょうか……。
「泉重千代(いずみ・しげちよ)」さんです。
なんと、120歳まで生きました。
江戸時代生まれで、明治、大正、昭和も平成の直前までを駆け抜けた人です。

生後半年で、両親を同時に亡くした重千代さん。
大人になってからはサトウキビ畑と水田を持ち、自作農をして生計を立てていたそうです。
結婚は、39歳のとき。
少し遅い結婚でしたが、長い人生で妻は一人だけでした。

重千代さんの人生は、なんと言っても後半戦のエピソードがすごいのです。
煙草を初めて吸ったのは、70歳のとき。
セブンスターを吸っていましたが、体調を崩した際、煙草が原因なのでは、ということで
116歳にやめました。
お酒も70歳から。黒糖焼酎にハマり、50年晩酌で飲み続けます。
重千代さん、いったい70歳のときになにがあったのでしょうか。

100歳過ぎても、自分で針の穴に糸を通しており、胃腸も丈夫、肉を好んで食べていたそう。
あるインタビュアーが好きな女性のタイプを聞くと、
「やっぱり年上かのう」と答えたのは有名な話です。

長寿世界一に認定されると、毎日のように訪問客が訪れ、記念撮影をしていきました。
事前の連絡がなく自宅を訪れる客にも、歓迎しお酒でもてなしたとか。
この寛大さが、長寿の秘訣かもしれませんね。

重千代さんは晩年、「ワシはまだ死にたくない」と毎日言っていたとか。
きっと楽しい人生だったからこそ、もっともっと生きたかったのでしょうね。


(TOKYO FM「シンクロのシティ」のコーナー「トウキョウハナコマチ」。江戸から現代まで、東京の土地の歴史にまつわる数々のエピソードをご紹介しています。今回の読み物は、「100歳の重千代さんは、年上女性がお好き?」として、2015年7月16日に放送した内容を再構成したものです)

文/岡本清香

最終更新:9月15日(木)12時30分

TOKYO FM+