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韓国映画『密偵』のソン・ガンホ「グレーな私の演技が観客を多くの思いに誘えれば」

ハンギョレ新聞 9/15(木) 5:21配信

 ソン・ガンホは“変な”俳優だ。これといってハンサムではないし、慶尚道方言も丸出しだ。ところがキム・ジウン監督と共にした三番目の作品『ノム・ノム・ノム』(良い奴、悪い奴、変な奴)で扮した役「変な奴」のように、彼は映画に“変な”新しい道を切り開く。イム・デホ(『反則王』)、オ・ギョンピル(『共同警備区域JSA』)、ソン・ウソク(『弁護人』)などで複雑多端な人物が彼の解釈によって生まれた。種々複合的なキャラクターを絶妙に演じ切る彼の演技力は韓国映画の跳躍を支えてきた。

 『密偵』の、キム・ジウン監督は、彼を「性格創出に独歩的感性を持っている俳優」だと表現した。『密偵』で彼が演じたイ・ジョンチョルは、茫漠とした“灰色”人間だ。ソン・ガンホがによって生まれた“生活感”や“説得力”が際立っている。現在は光州(クァンジュ)で光州抗争を取り上げたチャン・フン監督の『タクシー運転手』を撮っているソン・ガンホに、8月29日ソウル鍾路(チョンノ)区のあるカフェで会った。

 『密偵』でソン・ガンホが演じたイ・ジョンチョルは、黄オク(ファンオク、オクは金篇に玉)という実存の人物をモデルとしている。日帝の警察官だった黄オクは、1923年韓国国内に爆弾を搬入しようとする義烈団の計画を助けて逮捕された。歴史学界では、彼が義烈団の助力者だったという説と、日帝の手先だったという説に二分されている。

 「日帝強制占領期間(日本の植民地時代)には多くのエピソードがあるが、このシナリオは視線が新鮮だ。赤色でも黒色でもないグレーな時代を描写する創意的な視線が感じられた」。彼自身も判断を留保した状態で演じた。「独立闘士を助けたという説が有力だが、いずれにしても日帝の手先だった人物だ。人物を判断する映画というよりは、灰色の人物の生きざまを通じて痛切な歴史を語る」

 冒頭の場面からイ・ジョンチョルの苦悩が感じられる。実在の独立闘士である金相玉(キム・サンオク)義士の検挙場面で、彼は物置に追い込まれた義士との単独面談を願い出る。「それでも命は大切にすべきではないか」と懐柔するためだ。臨時政府に身を置いたが、日本の警察官になったイ・ジョンチョル本人の思いを込めた言葉だろう。銃に撃たれ千切れたキム・サンオク義士の「足の親指」は、イ・ジョンチョルの心を表現する重要な暗喩だ。イ・ジョンチョルは映画の中で、互いを推しはかるために会った義烈団員キム・ウジン(コン・ユ扮)にこう話す。「その足の指を掌に載せてみた。あまりにも軽いと感じた」。ソン・ガンホはこのセリフについてこう語った。「山のように大きな友人だが、死んでしまえば虚無だ、こういう意味だろう。何よりもあれほど朝鮮の独立のために闘われた努力が惜しまれてならない(という意味に)解釈しました」

 映画でイ・ジョンチョルの話を聞いたキム・ウジンはこのように言う。「あなたが警察でなければ、肺病持ちの詩人になっていただろう」。警察官であり詩人、完全に相反する人物がイ・ジョンチョルの中にいる。「挫折の時代、苦痛の時代なので胸中をありのままに表現することはできなかっただろう。誰しも「心の賛歌」(吐くことはできない胸中の歌)の一つくらいは持っていた時代ではないだろうか。キム・ウジンもヨン・ゲスン(ハン・ジミンが演じた義烈団団員)もそうだったのではないだろうか」

 ソン・ガンホならではの迷える人間の悩みが生々しく観客の目線で伝えられる。『密偵』が現代に投じるメッセージを、ソン・ガンホはこのように要約した。「私が言うのもおかしいが、いずれにしても観客は人生の知恵を得るだろう。信念について考え、大仰に言えば、国家についても考えるだろうし、個人の価値観を改めて考えることもできると思う」

ク・ドルレ記者 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )

最終更新:9/15(木) 5:21

ハンギョレ新聞