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<パラ車いすラグビー>競技普及、故郷の地震で決意

毎日新聞 9月16日(金)12時0分配信

 【リオデジャネイロ飯山太郎】15日午後(日本時間16日午前)の車いすラグビーの1次リーグで、日本は2勝目を挙げ準決勝進出を決めた。チーム最年少で熊本県荒尾市在住の乗松聖矢(のりまつ・せいや)(26)=SMBC日興証券=は、4月の熊本地震で一時、練習拠点が使えなくなった。故郷の熊本は復興の途上だけに「メダルを持ち帰って熊本に届けたい」と意気込んでいる。

 14日のスウェーデン戦、15日のフランス戦と続けて先発した。初出場のパラリンピック。「楽しむ余裕はないが、自分のプレーができた瞬間の歓声に喜びを感じる」と話す。

 1歳半の時に手足の筋力が徐々に低下する難病を発症し、中学生から車いす生活になった。16歳でツインバスケットボールを始めた。重度障害者向けに考えられたスポーツで、正規のゴールと高さ1・2メートルのゴールの二つを使い、障害の程度に応じてそれぞれにシュートする仕組みだ。

 2013年、知人から車いすラグビーをやらないかと誘われ、沖縄県のチームに加入した。現地で一緒に練習できるのは月に1~2回。ツインバスケも続け、普段は地元の熊本で練習を積んだ。

 14年1月に車いすラグビーの日本選手権に出場した。その際、長年鍛えてきた車いす操作が関係者の目に留まり、直後の日本代表合宿に呼ばれた。

 今年4月の熊本地震。自宅に被害はなかった。厳しい避難生活を送る人々を見て「スポーツをしていていいのか」と悩んだ。しかし車いす生活の自分に被災者の支援などは難しい。リオ大会の車いすラグビーの代表選考は大詰めを迎えていた。「自分にできることをやろう」と練習に集中することを決めた。

 筋力トレーニングや車いすの走り込みに利用していた熊本市の施設は、避難所となっていた。練習場所に困る中、福岡市の車いすラグビーチームが手を貸してくれた。練習拠点とする福岡市の体育館は障害者の対応に慣れており、選手たちも練習相手になってくれた。熊本市の施設は6月に利用可能となり、さらに腕を磨き、リオ大会の代表メンバーに選ばれた。

 地震を機に、障害者が利用できる体育館は限られていることを改めて実感し、競技の普及が大切だと考えた。障害者用トイレがなかったり、車いすで床が傷つくのを嫌がったりする体育館は少なくない。多くの地域にチームがあれば、何かあった時にも使える施設を融通し合える。

 現在、九州・沖縄には車いすラグビーのチームが二つしかない。乗松は「リオで良い結果を出し、障害者スポーツに対する理解を深めたい」と誓う。

最終更新:9月16日(金)12時2分

毎日新聞

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