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<Wコラム>単数形でも複数形の“ウリ”、あなたは本当に「韓国」を知っている? 

WoW!Korea 9/16(金) 17:46配信

韓国人は「ウリ」(私たち)という語を単数形でも複数形でも使います。「わが国」と言うところを「ウリナラ」(わが国)、「私の家」を「ウリジプ」(我々の家)と言うのは理解できるとして、日本の女性と話すとき「私の子ども」を「ウリアイ」(我々の子ども)と表現したらどうなるでしょうか。

 「私との間でいつ子どもを産んだの」と激怒するでしょう。また、友達に「私の奥さんが……」を「ウリジプサラム」(我々の妻)と言ったらどうなるでしょうか? 何で「私があなたの奥さんとそういう関係であることを知ってるの? 」と驚いたらどうなりますかね……。

 「わが息子」を「ウリアドル」(我々の息子)と言い、日本人が聞いたら「何で我々の息子なの」と訝しく思うことでしょう。

 このように韓国人は人に対するとき、ウリ側(私たち側)の人か、そうでないナム側(他人側)の人かという二分法で考える習慣があります。ですから初対面の人にも、根掘り葉掘り相手の個人情報を聞きたがります。

 相手が金氏だったらどの血筋の金(本貫)なのか? 年は? 故郷は? 高校は? 大学は? 両親は? 等々。さすがに最近は少なくなりましたが、相手と自分の共通項を探す習慣は健在です。

 つまり「ウリ」イコール俺の側なのかどうかを気にします。「ウリ」の側の人には家族同様の深い情をかけ世話をします。逆に「ナム」側の人には距離を置くのです。

 前述のレストランの話も、「ウリ」と感じたら身内の店だから何とかしてあげたいという気持ちにかられるのです。


文=権 鎔大(ゴン ヨンデ)
出典=『あなたは本当に「韓国」を知っている? 』(著者/権鎔大 発行/駿河台出版社)

最終更新:9/16(金) 17:46

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