ここから本文です

レジェンドが語るTOP14の魅力。~村田亙編~

ラグビーリパブリック(ラグビーマガジン) 9/16(金) 14:09配信

フランスで活躍した日本人ラグビー選手といえば、ファンが真っ先に思い浮かべるのは村田亙さんだろう。1999年12月、日本人プロラグビー選手第1号として、当時フランスリーグ2部のバイヨンヌ(アビロン・バイヨンヌ)と契約。デビュー戦の開始1分でいきなり自身のフランス初トライとなる先制トライを決め、5分には2トライ目。10分にはアシストを決める衝撃デビューを飾り、2シーズンにわたって、レギュラーのSH(スクラムハーフ)として活躍。創設110年を越える名門クラブで、わずか2シーズンの在籍ながら、バイヨンヌの歴代ベストフィフティーンに選ばれたほどの大活躍をみせた。

レジェンドが語るTOP14の魅力。~齊藤祐也編~

フランスで最も活躍し、ファンに愛された日本人選手である村田亙さんに、フランスラグビーの魅力を聞いた。


――村田さんがフランスへ渡ったのは1999年でした。それまで持っていたイメージと、実際に行って経験したフランスラグビーの印象を聞かせてください。
フランスのラグビーといえばシャンパンラグビー。次々とフォローが湧いてきて、パスを繋いでいくラグビーが代名詞でした。僕が行ったときのバイヨンヌも、やはりそうでした。何よりも感じたのは、FWもパスがうまいこと、そしてFWが積極的にパスをもらいに来ることです。僕が密集サイドにボールを持ちだしたときは、必ずサポートについてきた。ボールをもらう感覚が優れていて、パスを放した後もサポートについてきました。SHとしては心強かったです。それと、みんな「カッコつけ」なんです(笑)。カッコいいトライを取ろうとする選手が多いですね。その表れが足技の多さ。相手ディフェンスの裏を狙ってキックを使うケースが多いんです。バイヨンヌでもよくやっていましたね。そんなフランスラグビーの特性が見事にはまったのが、1999年ワールドカップ準決勝のオールブラックス戦ですね。チップキックを相手の背後に落として、そこにWTBのクリストフ・ドミニシやフィリップ・ベルナサルが走り込んで、華麗なトライを連発して逆転勝ちした。あれは、フランスのラグビースタイルがよく表れた試合だったと思います。そして、相手ゴール前に行ったらFWがとにかくフィジカル勝負を挑む。そこにはゼッタイに譲らないプライドを持っているんですね。僕がタックルしようとすると味方のFWに「どけ!」とジャージを掴まれてどかされたことがあります。「お前は外側を見てろ!」ということなんですね。

――国内リーグにはどんな特徴がありましたか。
フランスリーグの特徴はシーズンの長さです。シーズンが終わるのは5月の終わりから6月、そこからオフは1ヵ月半か、せいぜい2ヵ月。その間はみんな、バカンスでどこかへ出かけたりして、8月に集合して練習を始めて、2~3週間で公式戦が始まります。だから、チーム作りはほとんど手つかずに近い。シーズンに入って、試合を重ねながら徐々にチームを作っていく。リーグ戦は基本的にホーム&アウェーの2回戦総当たりなのですが、1巡するファーストステージの間は手探りですね。5月まで10ヵ月かけてチャンピオンを決めていくわけですから。リーグ戦の合間にはカップ戦もあるし、そういうスケジュールを上手く使って、若い選手にも経験を積ませながら、シーズンを戦っていくわけです。

――村田さんのデビューは1999年のシーズンの途中(12月)でしたね。現地ではどう迎えられましたか。
僕が行った当時は日本人がは珍しくて、バイヨンヌに住んでいた日本人は2家族だけでした。日本人がラグビーしているところなんて見たこともない人がほとんど。だけど、その日本人が、フランスラグビーでは一番重要な司令塔とされるSHでプレーして、しかもデビュー戦で、最初の5分間で2トライを決めてしまった。僕からすれば、マークされていないからサイドががら空きで、簡単にトライできたわけなんですが、フランス人にとっては衝撃だったようです。それがあったから、ホームではものすごく応援してもらえたし、アウェーではものすごくヤジられました(笑)。「スズキ!」とか「フジヤマ!」とか、知っている限りの日本語を叫んできた。一度、あまりにうるさかったので、手で払う仕草をしてしまったことがあるんですが、そのあと、ヤジがそれまでの倍近い音量に上がってしまった(笑)。

――アウェーで印象的な遠征地はありましたか。
五郎丸選手が行くRCトゥーロンとの試合はよく覚えています。当時はバイヨンヌもRCトゥーロンも一時的に2部に落ちていたときで、印象的なのはシーズンの最後に「どちらが1部に復帰できるか」という位置づけで戦ったときです。トゥーロンまでバスで12時間かけて行きましたが、当日はホテルからスタジアムまで白バイで先導されました。テストマッチ以外でそんな扱いを受けたのはそのときだけです。会場は、2万人入るうちの19,800人はRCトゥーロンの応援で、バイヨンヌの応援はほんの片隅に200人くらい固まっていただけでしたが(笑)。
実はその試合の後、RCトゥーロンの会長にが、もしもあのときRCトゥーロンに行ったらどうなっていたかな……今考えると、ちょっとドキドキしますね。そのRCトゥーロンに五郎丸選手が行くことになった。これは本当に嬉しかったですね。僕が行った後、何人かの日本人選手がフランスに行きましたが、最近は途切れていたし、フランスリーグの情報が日本に入ってくる機会も減っていた。そんなときに、フランスから、それもスター軍団のRCトゥーロンから評価されて行くわけだから、本当に素晴らしいですね。

――五郎丸選手はフランスに合うでしょうか?
フランスはスーパーラグビーよりもキックが多いし、キャッチングでも、キックでも、五郎丸選手の持ち味を出していけると思う。そして、五郎丸選手と言えばPGですね。試合に出るチャンスがあったら、PGでしっかり点数を取っていくことだと思う。五郎丸選手の5PG、6PGでRCトゥーロンが勝っていったら、フランスのファンの見る目は完全に変わりますよ。フランスのFWはフィジカル勝負が好きだということを先に紹介しましたが、同時に、守られているという感覚もありました。FWの選手が、プライドを持って自分の仕事をして、BKの選手を守ってくれるんです。五郎丸選手はフィジカル面には自信を持っていると思うけれど、それでもFWの選手が守ってくれることはきっとプラスになると思う。フランスでは、パスしたあとでも平気でタックルしてくるヤツが多い。レイトチャージは普通なんです。僕がいた当時は、イエローカードやレッドカードはパンチとかキックのラフプレー時には出てたけれど、レイトチャージくらいじゃ出なかった。そんな状態で試合をしているから、FWが守ってくれるのはありがたかったです。その分、自分の仕事に集中できますからね。

――フランスリーグでプレーした先輩として、五郎丸選手にアドバイスを送るとしたら。
実は、五郎丸選手とは日本代表で一緒にプレーしているんです。彼が19歳で日本代表にデビューした2005年のウルグアイ戦は、僕が37歳で日本代表に復帰した試合だったんです。18歳違う選手と一緒にプレーしたのは初めてでした(笑)。当時から、アタックディフェンスでは臆せず本気でぶつかってきて、当たりが強かった記憶がありますね。フランスでもきっと活躍してくれると思います。大事なのは、フランス語を覚えることだと思います。フランス人は言い訳が多くて、トライを取られると、インゴールの円陣ではみんな「今トライを取られたのはオレのせいじゃない」ということばかりしゃべり始めるんです。そこで黙っていると「悪いのはワタだ、ワタのせいだ」となってしまう。僕も最初は言い訳しなかったけど、黙っていたら自分の評価が下がってしまうことに気付いて、それからは負けずに「オレは悪くない。取られた原因はここが悪かったからだ」と反論するようになりました。フランスでは誰もが自分の考えを主張するのが当たり前。簡単じゃないと思うけど、一歩ずつ勉強して覚えてほしいですね。最初はへたくそでも、喋ることが大事。最初は「アレ!アレ!」(行け!行け!)だけでもいいと思う。五郎丸選手のフランスでの活躍が、2019年のワールドカップ、2020年の東京オリンピックに向けて、ラグビーの人気をもっと高めてくれることを期待しています!


■詳しくは、WOWOWラグビーオフィシャルサイトをチェック!
http://wowow.bs/rugby

最終更新:9/16(金) 14:09

ラグビーリパブリック(ラグビーマガジン)

TEDカンファレンスのプレゼンテーション動画

失うことで不完全さの中に美を見出した芸術家
画家のアリッサ・モンクスは、未知のもの、予想しえないもの、そして酷いものにでさえ、美とインスピレーションを見出します。彼女は詩的で個人的な語りで、自身が芸術家として、そして人間として成長する中で、人生、絵の具、キャンバスがどう関わりあってきたかを描きます。 [new]