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南スーダンPKO、 現地を無視した「駆けつけ警護」

ニュースソクラ 9/16(金) 12:01配信

自衛隊がPKO参加の南スーダンで大規模な戦闘

 世界中で展開されている国連平和維持活動(PKO)の中で現在、自衛隊が唯一参加しているのが、南スーダン。新安保法で認められた駆けつけ警護をこの南スーダンで実施する予定で、陸上自衛隊はそのための訓練を開始した。

 しかし、南スーダンでは、7月に再び大規模な戦闘が発生し、情勢は不安定なままだ。

 筆者は2013年12月の前の紛争勃発時にNGO職員として首都ジュバに駐在していた。ここでは些細な銃撃は日常茶飯事であったが、大統領警護隊内の戦闘が起こった15日の深夜には数時間にわたる断続的な銃声が聞こえ、事態が尋常でないと感じた。

 この日の朝からは事務所・活動を休業し、自宅待機となった。この状態で2、3日後には自宅から数キロも離れていない先で砲弾が爆発するのを目撃した。幸い、紛争勃発の5日後の20日に隣国のケニアに退避することができた。

 過去数年の歴史を遡ってみよう。南スーダンは数十年にわたるスーダンとの内戦を経て2011年に独立した世界で最新の国家である。この国ではディンカ族とヌエル族という主要部族が存在するが、2013年7月にディンカ族であるサルバ・キール大統領が突然、ヌエル族であるリーク・マチャール副大統領を解任した。

 その5ヶ月後の同年12月に大統領警護隊内のディンカ族で構成された部隊とヌエル族で構成された部隊との間で衝突が発生。これが瞬く間に両部族の対立の様相を帯びた戦闘として全国各地に飛び火した。

 スーダンとの内戦を戦い、政府を構成する政党であるSPLM(Sudan People's Liberation Movement)に対してマチャール氏はSPLM-IO(SPLM in Opposition)を組織し、両者が主要紛争当事者となった。

 この戦闘により約1千万人の国民のうち5万~10万人が犠牲になったと言われている。その後、周辺諸国や国際社会による度重なる仲介を経て、昨年8月に政府とSPLM-IOは和平合意を締結し、マチャール氏は副大統領として返り咲いた。

 しかし、今年7月に首都ジュバで再び戦闘が発生し、300人以上が殺害されたという。マチャール氏はスーダンに逃亡した。現在、周辺諸国に難民として逃れた人々は70万人以上、国内避難民となった人々は約160万人いる。

 このような状況に対して日本政府は、南スーダンで武力紛争が発生しているとの公式見解を取っておらず、「PKO参加五原則」は覆されていないとしている。なお、7月の戦闘では中国のPKO要員2名が犠牲となっている。

「PKO参加五原則」
(1)紛争当事者の間で停戦合意が成立していること
(2)平和維持隊が活動する地域の属する国を含む紛争当事者が平和維持隊の活動および平和維持隊への日本の参加に同意していること
(3)平和維持隊が特定の紛争当事者に偏ることなく、中立的立場を厳守すること
(4)以上の基本方針のいずれかが満たされない状況が生じた場合には、日本から参加した部隊は撤収することができること
(5)武器の使用は、要員の生命等の防護のために必要な最小限のものに限られること

 8月24日、政府は昨年9月に成立した安全保障関連法に基づく自衛隊活動の訓練を順次実施すると正式に発表した。こうした活動の中に邦人などが危険に巻き込まれる恐れがある際に警護を行う「駆けつけ警護」がある。

 11月中旬以降に南スーダンに派遣される予定の陸上自衛隊部隊はそのための訓練を始めた(ただ、その前の10月上旬に開催される国家安全保障会議において自衛隊への新任務付与の是非について判断する予定)。

 駆けつけ警護の対象にはNGO職員も含まれるとされているが、筆者は現実的でないと考える。仮にNGO職員が暴動に巻き込まれたとして、興奮し、殺気立った人々に対して武装した要員が駆けつけると、敵対者と見なされ、彼らの興奮を煽ることにつながりかねない。

 そして、このような群衆がなたなどをもって襲ってくる、ないし発砲してくるといった事態が起こった場合にいかに対処するのか。人々の中には元軍人であったり、自衛や「経済的交渉」などのため、軍や警察から横流しを受けたりして武器をもっている者もいる。

 発砲は眼前でなされるとは限らない。群衆の背後から行われる可能性もある。さらには、こうした状況に紛れて爆発物が爆破されるというケースも考えられうる。

 NGO職員としては地元職員や他NGO・国連などの情報源をもって情報を収集して分析し、危険発生が想定される場合には移動を取り止める、退避するなどの予防行動を取る。それでも何らかの危険事態に巻き込まれた際には即時・事後のリスクを最小限化するための判断・行動を行うしかない。

 筆者にはリベリアに駐在時、大規模な暴動が発生し、目前にタイヤを燃やしている若者の集団がいた(途上国では抗議の意味でタイヤが燃やされることがある)のを見つけて、ここを通らずに迂回したが、道路が限られている同国において違う道路上でも暴動が起こっており、とっさにわき道にそれて退避し、暴動が沈静化するまで待機したという経験がある。

 部族などの対立要因が日常的にマグマのように燻り、これが意図的に助長されたり扇動されたりしている。こうした対立や経済交渉などのために市民が武装し、プロの武装集団も存在する。

 政府がこういった状況に関与していることもある。混沌としつつ、こうした当事者が絶妙なバランスの上に存在するという社会の状況において武装対応するということの意義とリスクが熟考されるべきであろう。現在の方向性はこうした現地の状況が十分に考慮されず、駆けつけ警護の実施を既定路線として急いでいるように感じられる。

■中嶋 秀昭
中嶋秀昭(なかじま・ひであき)1970年生。日本経済新聞社記者の後、内戦下のネパール、スリランカ北部での駐在(JICA草の根技術協力事業)、インドネシア・アチェでの駐在などに従事。JICA企画調査員(平和構築・復興支援/母子保健プログラム)として内戦後のリベリアに3年間駐在。2016年3月よりNGO「JEN」グローバル事業部シニア・プログラム・オフィサー。月からパキスタン駐在。

最終更新:9/16(金) 12:01

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