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「よく頑張った」 ゴールボール・天摩選手の恩師、健闘をねぎらう/リオパラリンピック

デーリー東北新聞社 9月16日(金)10時44分配信

 日本時間の15日、リオデジャネイロパラリンピックのゴールボール女子で、日本は準々決勝で敗退。八戸市出身の天摩由貴選手(26)=東京都在住=も、メンバーの一人として奮闘した。日本は2大会連続の金メダル獲得という目標は達成できなかったものの、天摩選手が中学卒業まで在籍した八戸盲学校では、当時指導に当たった教諭らが「よく頑張った」「お疲れさま」と健闘をねぎらった。

 小学部、中学部と同校で過ごした天摩選手。運動神経は抜群で、学校生活に積極的に取り組んでいたという。体育を受け持った三浦亜紀教諭は、発表会で伸膝後転を披露したい、と自主練習に励んでいた姿を思い出しながら、「負けず嫌いで意地があった」と語る。

 天摩選手が初めてゴールボールと出合ったのは中学部の頃。弘前市でのイベントで、鈴の入ったボールを、音を頼りに取る体験をした。同行した三浦教諭は「すぐにはまっていた。またあそこに行きたいと言っていた」と振り返る。

 校内では、天摩選手の良き相談役だったという小笠原一恵教頭。先天性の網膜色素変性症のため、視野が徐々に狭くなっていくのを「怖い」と話していた姿を思い出す。

 それでも「目標を持ち、それに向かって計画を立てて努力できる子だった」。天摩選手は、教員になるという夢をかなえるために努力を重ね、茨城県の筑波大付属視覚特別支援学校高等部に進んだ。

 同校では、校舎の窓に「祝パラリンピック出場 天摩由貴さん」とのお祝いのメッセージを張り付けたり、児童・生徒に録画放送を見せたりして、ブラジルへエールを送り続けた。

 先輩の活躍を受け、ゴールボールの競技に興味を持った在校生もいる。中村健校長(57)は「この学校出身の選手が出場していると知り、子どもたちの顔も輝いている。目標を与えてもらって感謝です」と話した。

デーリー東北新聞社

最終更新:9月16日(金)10時44分

デーリー東北新聞社