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[コラム] 低成果者退出制度が退出しなければならない理由

ハンギョレ新聞 9月16日(金)7時30分配信

 これまでは隣席の同僚が失敗して請願人に大きな損害を負わせる可能性が見えれば、前もって話すことが通例だった。低成果者退出制度が導入されれば、こうした同僚の愛も雪が溶けるように無くなる。同僚のうち誰かが一人明確に退出対象者に選ばれれば自身が生き残ることになるためだ。

 知り合いの放送会社ディレクターから携帯メールが届いた。「○○ディレクターも今日こちらに異動発令を受けました。今一緒に一杯飲んでいます」。その事務室は放送会社がいわゆる「低成果者」に分類した職員だけを別に集めておくところだ。事務室も本社とはかけ離れた市内の中心地だ。他の職員と接触する機会をなくすという下心が読まれる。懇意にしている放送会社の職員数人が、その事務室に続々と発令を受けた。自分と顔見知りだということは、これまで労働問題に関心を持って扱ったジャーナリストや言論労組での幹部活動経歴があるという意味だ。

 その人々のうちの相当数は、ジャーナリストとしての資質が足りないとか不誠実な職員ではなく、会社の経営陣や政府と“調子”を合わせなかった人々というだけのことだ。かつて自分の未来をジャーナリストと定め、「言論高等試験」と呼ばれる難関を経て放送会社に入社し「権力のラッパ吹き」の役割をしてはならないと考えて、「公正放送」実現のために再び言論の現場に復帰する日だけを指折り数えて待っている人々だ。会社としては、その職員には最近業務成果が上がっていないという資料を提示できるだろうが、放送会社の業務の特性上、編成から除外して仕事を与えなければ、その人の業務成果がなくなるのは当然の結果だ。低成果者を退出させられる一般解雇導入政策は、こうした厄介者に見える職員を現場から摘み取るという内心を抱いている。

 職員が2万人余りもいる企業が30人余りの職員を低成果者に分類した。会社は低成果者の選定方式や基準を明らかにしていない。低成果者に分類された人々の中には、業務遂行能力が足りないというより、会社の人事労務方針を発表する席で役員にはばかることなく反対発言をした職員などが含まれた。当事者と労働組合が会社に強く問題を提起して「退出と結びつけることはしない」、「再教育期間には業務成果評価もしない」という確答を受け取った。では、いったい何のためにあえて低成果者を選定したのかという質問に対して会社の役員は「あなた方30余人で残りの2万人余りの職員を緊張させる効果がある」と答えた。

 こうした非人間的競争を強要する経営方式が、企業経営効率をむしろ低下させるという研究成果が多い。他の職員を緊張させるための道具として利用され、「2万を超える職員の中で最下位の低成果者30人余り」に属したという烙印が捺されて、家族と同僚からは刺すような視線を受ける労働者の傷は、資本主義社会の企業経営者の目には映らない。

 幸いその「低成果者」の中には海千山千の活動家が含まれていた。会社としては大きな失敗をしたわけだ。その活動家たちが同僚と何度も会合を持って「今回のことをこれまで疎かにしてきた人文学的素養を備える機会にしよう」と意気投合するに至った。定期的に会合を持って勉強もして講義も聴いて独自のやり方で再教育期間をやりがいをもって過ごした。労働組合と当事者が会社に強く要求したために、それでも低成果者の選定が解雇につながることは無いようにしたので可能だったことだ。

 公務員たちは周期的な人事異動で業務分担が変わる。新しく来た職員に既存の職員が業務を教えることは当然のことだ。教える同僚はやりがいを感じ、学ぶ側の同僚は有り難く思うことが公職社会の長年の美風良俗だ。低成果者退出制度が導入された後、このような慣行が雪が溶けるように無くなった。以前には隣席の同僚が失敗して請願人に大きな損害を負わせる可能性が見えれば、前もって話すことが通例だった。低成果者退出制度が導入されれば、このような同僚の愛も雪が溶けるように無くなる。同僚のうち誰かが明確に退出対象者に選ばれてこそ、自身が生き残ることができるためだ。個人的に業務成果が向上する職員が現れることはありうるが、事務室全体の集団的“スペック”は目に見えて低下せざるをえない。公職社会で低成果者退出制度を施行したが廃止した理由はまさにこのためだ。

 その古臭い制度を再び復活させることが政府の労働市場構造改革のうち低成果者の退出を可能にする一般解雇だ。雇用労働部の「低成果者解雇指針」施行以後、低成果を理由にした解雇は正当だという1審裁判所の初めての判決を憂慮する理由だ。

ハ・ジョンガン聖公会大労働アカデミー主任教授

最終更新:9月16日(金)7時30分

ハンギョレ新聞