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チームを支えた若きチームリーダー 赤ヘルの系譜~3番打者編~

ベースボールキング 9月16日(金)8時0分配信

赤ヘルの系譜 ~3番打者編~

 四半世紀ぶりに訪れた歓喜に、広島の街が真っ赤に燃えた。

 高く厚い壁を乗り越えた今だからこそ振り返りたい25年前の記憶...。あの時の広島と今の広島を比較していくこの企画。今日は“3番打者”を見ていこう。

文句なしの“2代目ミスター・赤ヘル”

 1991年、広島の3番打者を務めたのは野村謙二郎。緒方孝市監督の前に広島を率い、今回の四半世紀ぶりの優勝の下地を作ったと言っても過言ではない男である。

 駒沢大からドラフト1位指名を受けて広島に入団し、この年が3年目。前年に移籍した高橋慶彦の後釜としてショートのレギュラーを掴むと、全132試合に出場。31盗塁で2年連続の盗塁王に輝き、170安打はリーグ最多安打。打率はリーグ4位の.324で、プロ入り後初となる3割超も達成と飛躍の1年となった。

 ちなみに、西武との日本シリーズでは第7戦の最後の打者となるものの、シリーズ通して活躍。打率.333を残して優秀選手に選ばれている。

 
 その後は1994年から主将&チームリーダーに就任すると、翌年には打率.317、32本塁打、30盗塁で当時史上6人目となるトリプルスリーも達成。名実ともに広島を引っ張る存在となった。

 カープ一筋17年の野球人生で、通算安打は2020本。最多安打3回に盗塁王3回と輝かしい成績を残した。引退の直後には球団から背番号「7」を永久欠番にする打診もあったというが、野村はこれを断り、後に自身が監督となってから堂林翔太に継承することになる。

 引退後も監督としてチームを初めてのクライマックスシリーズへと導くなど、“ミスター赤ヘル”と呼ぶにふさわしい功績を残した。

次代の“ミスター・赤ヘル”へ

 歓喜から25年...。広島に久々の優勝をもたらした3番は丸佳浩だ。

 プロ9年目を迎えた男は、ここまで打率.292、本塁打は19本をマーク。打点86はすでにキャリアハイの数字である。

 打点リーグトップの新井貴浩が後ろの控える中、状況によっては後ろに繋いで大量点を呼び込み、勝負所では自ら決める。そのセンス光る打撃で幾度となくチームを救った。

 野村と同様、走攻守揃った左打者。どこか細身な印象もあるが、実は“脱いだらスゴい”マッチョマン。パワーも着実についてきており、今年こそ自身初の20発超えへ期待が高まる。そしてその先には当然、トリプルスリーも。

 来年でプロ10年目。同世代の「タナキクマル」トリオの中で一番早くプロ入りした男が、チームを黄金期へと導く。


【3番打者・比較】
▼ 野村謙二郎
・ポジション:三塁手
・投打:右投左打
・実働:17年
[1991年] 132試 率.324(524-170) 本10 点66 盗31
[通算成績] 1927試 率.285(7095-2020) 本169 点765 盗250


▼ 丸佳浩
・ポジション:外野手
・投打:右投左打
・実働7年
[2016年] 134試 率.292(527-154) 本19 点86 盗22
[通算成績] 812試 率.271(2836-768) 本84 点347 盗116


※成績はすべて9月14日終了時点のもの

BASEBALL KING

最終更新:9月16日(金)8時0分

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