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オーテック「マーチ ボレロ A30」(公道試乗)

Impress Watch 9月17日(土)0時0分配信

 約90mmのワイドトレッド化。このインパクトはスゴイ! 専用の鍛造フル削り出しアルミホイールに装着されたミシュラン「パイロット スポーツ 3」がたくましい。オーテックジャパン創立30周年記念モデルとして、30台限定で発売された「マーチ ボレロ A30(エー サーティ)」の第一印象は、たくましくも可愛いホットハッチだった。

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 オーテックジャパンの創業は1986年。初代社長にはスカイライン育ての親ともいえる桜井眞一郎氏が就任。技術畑の桜井氏による、特装車部門の新会社として設立された。現在の社長はニッサン・モータースポーツ・インターナショナル 代表取締役社長 兼 CEOを兼務する片桐隆夫氏だ。オーテックジャパンはこれまでに、日産車をベースとする数々の特装車を送り出してきたが、最近では「エルグランド」や「エクストレイル」、そして新型「セレナ」をベースにしたライダーなど注目のモデルが人気を呼んでいる。

 今回のマーチ ボレロ A30は、職員の課外活動による記念車製作の一環によるもの。実は、オーテックジャパンではこれまでにも「A10」(創立10周年記念モデル)、「A25」(創立25周年記念モデル)、「ボレロR」、「MID-11」など、数々のモデルを発表してきたが、いずれも実際に販売されることはなかった。つまり、インナー向けの研修製作が目的だったのだ。そこで、30周年の今回はお客様にも楽しんでもらおう、ということで販売企画とともに製作が始まったのだという。

■約90mmのトレッド拡大が必要だった理由

 では、マーチ ボレロ A30のインプレッションといこう。エクステリアは写真をご覧のように、大きく張り出した(膨らんだの方が正しいか?)ブリスターフェンダーが印象的。しかも、フロントグリルからヘッドライトを含めた一体感に、オーテックならではの仕上げの緻密さを感じさせる。

 フロントグリルまわりからフロントフェンダーにかけては、型取りを元にしたプレス&溶接加工だ。リアビューでは、バンパーセンターから覗くデュアルの排気管が印象的。これが吊るしマウントなので走り出すと微妙に揺れる。その姿が手作り感満載で、“自分だけのクルマ”という印象を抱かせる。なにしろ30台しか販売されないのだから。そして、注目なのは社員研修目的で、ある意味採算を度外視し、造る側も楽しみながら妥協せず製作していること。そんなモノ造り環境のオーテックから生み出されるマーチ ボレロ A30、いったいどのようなクルマなのか?

 ドライバーズシートは1年保証が付いたレカロ製(LX-F)で、この座り心地が素晴らしい。サーキットから長距離まで幅広くサポートしてくれる感じで、身体に纏わりつくような形状と硬めのクッション性が心地よい。ドライビングポジションも良好だ。革巻きステアリングを含め、インテリアのステッチはシルバーで統一されている。ほかにも、エンジン回転数が約1000rpm引き上げられたことを受け、タコメーターが交換されている。

「停まっていても思わず微笑んでしまう」というキャッチフレーズが資料の中にあったが、いや、走り出しても微笑んでしまう。あまりに運転がしやすいからだ。5速MTのフィーリングもよく、シフト操作が分かりやすくすぐに慣れる。シフトストロークはスポーティな短いものではないが、速いシフトワークでもスパッと決まる。そして、何よりも乗り心地が想像以上によい。

「AUTECH」のロゴが刻印され、16インチにインチアップした専用アルミホイールは前述のようにアルミ鍛造のフル削り出し。このホイールはエンケイ製で、アルミの塊から削り出す(鍛造フル切削工法)という手の込んだもの。しかも約90mmのトレッド拡大はこのホイールのみで行なわれているから、オフセット量が1輪あたり約45mmある。ホイール単体を眺めるだけでも迫力満点。このアルミホイールだけでも所有することの嬉しさを噛みしめられるというものだ。そこに装着されるタイヤは、ミシュラン「パイロット スポーツ 3」でこちらは専用ではない、どこでも手に入る吊るしのタイヤだ。これは、長距離でも疲労しにくい乗り心地や、操安性などさまざまな要素を鑑みて決定したとのこと。サイズは205/45 ZR16だ。

 そしてサスペンションでは、ショックアブソーバーの内外筒径を約20%サイズアップして、バルブチューニングをしやすくしたとのこと。この開発にあたっては、サプライヤーのKYB(カヤバ)とメイク&トライを何度も重ねたとのこと。また、スタビライザー径をワンサイズアップしている。しかし乗り心地はまったくわるくなく、何よりもサスペンションにストロークがあるのだ。サーフェースが荒れた路面は、どちらかというとタイヤそのものが処理しているのだろう、しかし、大小のアンギュレーションなど凸凹や波打った路面への追従性がよい。かといってフワフワする足まわりでもなく、そこはチューンドカー独特の適度な締まり感があるのだ。

 ここでもう一度エクステリアに戻って、なぜ3ナンバーにしてまで約90mmのトレッド拡大が必要だったかといえば、バネ系を硬めないでロール剛性を上げるためなのだ。ワイドトレッド化することでロールセンターの位置が上昇し、バネを硬くしなくても固めたのと同じ効果が得られるのだ。その結果としてこの乗り心地がある。こう書くと乗り心地に特化しているような印象を与えるが、コーナリングもかなりのレベルにある。約90mmのワイドトレッド化により、ホイールベースとトレッドの比率はフェアレディZ(Z34)と同じになっている。そう、それゆえコーナリングはかなり得意だ。

 コーナー進入への操舵初期には適度なロールを伴い、ノーズがインを向く。その動きが落ち着いていることと、ステアリングへの手ごたえがしっかりしている。コーナリングが始まり、クルマにヨー角が付くことでリアタイヤにスリップアングルが付き、リアタイヤのグリップが発生。このタイミングが遅ければ、リアのインフォメーションが希薄なため、ドライバーは思い切ってコーナーに飛び込めない。逆に早すぎてもアジリティが感じられず、このクラスにとって大切なシャープな軽快感がなくなる。その意味で、マーチ ボレロ A30のサスペンションチューンはとても高い次元にある。しかも、誰にでも楽しめる優しいものだ。

 ここまでコーナリングをしっかり鍛え上げている裏には、やはりボディ剛性のアップが見逃せない。フロアのスペアタイヤ用スペースを切り落として、4WD用のフラットなフロアを溶接。さらにクロスメンバーを追加して補強しているのだ。ほかにも、補鋼パーツが5点追加されている。ブレーキでは前後にノート用のブレーキローターを採用して、ローター径をアップ。これによって、マーチ系では初となるリアブレーキのディスク化が行なわれた。合わせて、マスターシリンダー径もアップし倍率をチューニング。これはノートNISMOと同じセッティングだ。そしてVDCをリセッティングしている。

■もっと量産して!

 さて、最後に注目のパワートレーンだ。エンジンは、マーチに搭載可能な最大排気量の直列4気筒DOHC 1.6リッター「HR16DE」に換装されている。しかも、このエンジンは匠の手により入念なバランス取りとチューニングが施されている。そのメニューは高回転化を目指したもので、専用カムプロフィール&専用強化バルブスプリング、シリンダーヘッドポート研磨、高強度コンロッド&コンロッドボルトなどを採用。クランクシャフトのバランス取りにはカウンターウェイト部に横穴を開け、そこにタングステンを冷却嵌めするという手の込みよう。タングステンと鉄は熱膨張率が違うので、クランクシャフトのバランス取りには適しているという。しかし、このカウンターウェイト部に横穴を開けるには、90度の専用ドリルが必要になる。手が込んでいる。そして、最後にフライホイールとクランクプーリーを付けた状態でのダイナミックバランスを取るのだ。もちろん、すべてがオーテックの匠による手組み。

 さあ、そのエンジンはどんなフィーリングなのか。まず、低排圧エキゾーストにより素晴らしい音質だ。レーシングエンジンというよりも、カスタムカーらしい1気筒ずつの爆発音が歯切れよく聞こえる感じ。そして3000rpmを超えたあたりから、素晴らしい集合感で整った旋律を刻んで、しかもトップエンドの7000rpmまで乱れず吹き上がる。3速ギヤの3000rpmが60km/hで、2速だと4500rpm。この回転域から加速させたときのトルクフィールと抜けるような回転フィール、そしてエクゾーストノートは乗っていても楽しめるもので、加速感ももちろんだが本当にドライブするのが楽しい。エンジンマウントも強化してあるとのことだが、アイドリングでの振動に不快な印象はなかった。

 マーチはタイ工場で製造されているので、30台だけ特別なオーダーを出して日本に届き、そこからオーバーフェンダーやボディ補強などを施したとのこと。とにかく手がかかっている。それゆえ30台しか作れないのは理解できるが、こんな楽しいクルマ、もう少し増産してもよいのではと考えながら、緩みっぱなしの顔で帰路の東名高速を走っていた。

Car Watch,松田秀士,Photo:安田 剛

最終更新:9月17日(土)0時0分

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