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大田原、根付く相撲の歴史 旧家から江戸時代の免許状 栃木

産経新聞 9月17日(土)7時55分配信

 大田原市の旧家で江戸時代に立行司の木村庄之助が発給した相撲の免許状が確認された。同市両郷地区は昔から草相撲が盛んで先祖が代々草相撲の力士だったという同家31代目に発給されたものだという。平成34年に開催される国体では相撲競技の会場となる同市。地域における相撲の歴史をひもとく貴重な史料だ。

 免許状を所蔵するのは同市の農業、井上正男さん(77)。正男さんで37代目という旧家で、免許状は江戸時代の文化13(1816)年に31代目の井上茂右ヱ門に発給されたものだ。同市文化財保護審議会会長を務める郷土史家で高校教諭の大沼美雄さん(58)が同地区の相撲の歴史を調査する中で確認した。

 免許状には「免許 野州那須郡黒羽木佐美 小松山兼吉儀 此度(このたび)相撲力士門弟ニ 差加以上者(さしくわうるいじょうは) 何国(いずれのくに)をも紛無之者也(まぎれこれなきものなり) 文化十三子閏八月」とあり、最後に木村庄之助正武の署名と花押が書かれ印が押されている。「小松山兼吉」は茂右ヱ門の別名だった。

 相撲博物館(東京都墨田区)では、免許状について「当時、木村庄之助は行司の他に親方(年寄り)の資格を持ち、弟子の養成もしていたことから門弟に加えることを認めたことを記したものではないか」としている。また、県文書館(宇都宮市塙田)によると、木村庄之助の免許状はさくら市でも見つかっている。

 井上家には、茂右ヱ門は江戸に出て雷電為右ヱ門の門下に名を連ね、文化年間(1804~18年)には番付が「幕中三段」だったという伝承がある。免許状の他に草相撲の力士だった正男さんの曽祖父の鉄之助さん(しこ名「松嵐」)の化粧まわしや相撲四十八手などが書かれた文書が残る。

 同地区の相撲の歴史を研究する大沼さんは「免許状は200年前のもの。大田原の人たちが、いかに古くから相撲と関わってきたかを裏付ける貴重な史料だ」と話す。

 同地区の相撲の歴史などをテーマにした大沼さんの講演会が10月15日、黒羽川西地区公民館で開かれる。問い合わせは同市文化振興課(電)0287・98・3768。(伊沢利幸)

最終更新:9月17日(土)7時55分

産経新聞