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豪華キャストから華やかさをはぐ 映画「怒り」の真骨頂

朝日新聞デジタル 9月17日(土)10時49分配信

■川村元気の素

 9月17日に全国東宝系で公開の映画「怒り」。映画プロデューサーの川村元気さんは、原作者の吉田修一さん、李相日監督と2010年の「悪人」以来となるタッグを組みました。東京・八王子で起きた夫婦殺人事件の1年後、東京・沖縄・千葉に現れる3人の謎の男。出会った人たちは「男が殺人犯ではないか」という疑いを抱えながら、それぞれの物語が進んでいきます。渡辺謙さんや妻夫木聡さんなど、豪華な俳優陣がそろった「怒り」を通じて感じた、撮影やキャスティング、編集へのこだわりとは。川村さんが李監督と語り合いました。

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■豪華キャストの「華やかさ」をはぎとった

 ――映画化に当たって、吉田修一さんから「『オーシャンズ11』のようなオールスターキャストにしてほしい」と言われたといいます。2人はどう受け止めましたか

 李:主役級の華やかな俳優が集まった方がいい、というのは暗黙の了解でありました。日陰のキャラクターたちである上に、一人ひとりに劇的な飛躍が起きるわけではない。言ってしまうと、普通の人を演じるわけです。でもそれを普通の人が演じる姿がまるで想像できない。それに尽きるかな。普通の話だからこそ、より華やかさをまとっている人たちが必要だった。あとは、その華やかさを逆に撮影でははぎ取っていく。矛盾するようですけど、そうすることが一番いいと思っていました。

 川村:吉田さんが「オーシャンズ11」と言ったのは、分かりやすかったですね。難しいチャレンジをするときに、俳優の力、スター性が必要。僕はこの映画をちゃんと見て欲しいなと思ったんです。時代性、マスが感じている怒りを表現している。「怒り」という作品に時代性があるとしたら、怒りを外に表せずのみ込んでいる人たちを描いていること。何かに疑問を感じていたり、不満を持っていたりはするけど、怒鳴ったりデモをしたりすることができない人たちの方が、大勢じゃないですか。そういう人たちの気持ちを怒りと表現したのはとても今様で、かつ大衆心理の底の部分をごそっとすくっていると思った。

 すごく映画好きな人だけでなく、「ズートピア」を見に行くような人たちにも見て欲しい。そうした時に、映画の顔であるキャストが力になる。渡辺謙さんたちが翻訳者になることで、多くの人たちに受け入れてもらえる作品になったと思います。

■李組の現場 広瀬すずの初日、カメラが回らなかった理由

――川村さんは、沖縄の撮影現場に行かれたんですよね

 川村:デモのシーンなどを見学しましたけど、やっぱり李組の現場は大変すぎて……。覚えているのは、広瀬すずさんのクランクイン。海辺でボートから降りて、おじさんに「初めまして」と言うだけのシーンなんですけど、50テイクくらいやってもカメラが回らない。こっちはスケジュールのことも気になるじゃないですか。去年の9月で、「晴れて良かった。沖縄は台風が来るから早く撮っちゃおう」という雰囲気だったけど、結局その日、カメラは回らなかった。広瀬すずもボートで沖に出てボロボロになって帰ってきて、ご飯も食べられないぐらいになってて、それを見て「李組が始まったな。僕のいる場所じゃない」って思いました。

 僕の役割は、「この映画でこれをやる」という看板を作っていくところにあるけど、監督たちが俳優と現場で格闘していく作業は、まさに霧の中から正解か正解じゃないかを見極めていく。逆に、いきなり正解をずばっと出してはダメみたいな部分が李組にはあって。だから、見たこともない俳優の顔が見られる。だって、こんなクレージーなことはやらないですよ。台風が来るかもしれない沖縄で、晴れている貴重な日にテストだけやって俳優を帰すなんて。

 李:それはクレーム(笑)?

 川村:クレームというか、すごくハートが強いなと。そこは、他の監督と比べてもピカイチですね。ピカイチなのか最悪なのか分からないですけど。

 李:川村君が言っているシーンは、すずが演じた泉の登場してまもないシーンだったんです。泉が沖縄にやってきた背景や、彼女の母親の存在を何げない日常のやりとりで感じさせなきゃならない。出て来た瞬間、そこには“泉がいなければならない”んです。沖縄の離島の海岸で、民宿のおじさんが来て、その息子で同級生の辰哉(佐久本宝)がデートに誘う、というちょっとしたことなんですけど、そこが勝負なんですよ。ここで、それぞれのキャラクターが確立してくれないと、続いていかないんですね。逆にここをくぐり抜けると、後半やクライマックスの、心と体がたくさん動く場面はついてくる。だからこそ、前半に時間をかけました。

 川村:50テイクとって、最終的に1テイク目を使ったとしても、その後のシーンが違ってくるんですよね。ただ、そこまでスタッフをつきあわせる胆力というか、粘れるというのがすごい。普通は時間との闘いで折れていく。ず抜けた、異常とも言える粘り腰。

 李:東京編の撮影はスケジュール通りにやって帳尻を合わせたでしょ。沖縄編は時間が延びるというのは、ある程度は、みんな分かっていたよね。

 川村:俳優は5~10年やっていると癖がついてくる。台本を読んで、こうやれば、こうなるというイメージをもってくる。そうすると、面白くない。見たことあるやつを見せられるから。そこを前半で完全にクラッシュする。クラッシュする瞬間が一番力がいるんですよね。そこをやりきるのが、李監督のすごいなところだなと。

■すべてをクライマックスで押し切った

 ――脚本も李監督が書いたんですよね。プロデューサーとしての判断ですか?

 川村:今回、プロデューサーとして決めていたことに、「李相日の濃度を上げる」がありました。「悪人」は吉田さんも脚本を書いたんですけど、「怒り」は李監督1人にお願いしました。映画3本分の話なので、作品の演出や編集も想定しながら脚本を作らないといけないだろうなというのが頭にあったんです。

 僕と吉田さんは、そこに「看板」の種類を足していきました。吉田さんの話で印象的なのは、脚本を読んで「四つ打ちのビートが鳴っているような感じがする」と言ったんです。音楽が止まらず、緊張感が途切れなく続いていく映画。僕が言ったのは、「言葉にならない怒りを、戦闘機の音のような音のイメージでとらえる」ということ。それを監督が「好き勝手なことを言うな」と思いながらも脚本にしてくれた。

 李:色々とやることが多すぎた。東京・沖縄・千葉と、それぞれ1カ月かけたいところを2~3週間で仕上げなきゃいけない。撮影をしていて思ったのは、助走がないんですよね。だいたいは、引いては寄せてとうねりがあるんですけど、もう毎日が寄せるしかない。脚本の時点で、そうなるなという悪い予感はありましたけどね。吉田さんが言う「四つ打ちビート」のように、すべてをクライマックスで押し切る、弛緩(しかん)や失速をさせないぐらいに、とにかく情報と感情が前のめりに回転し続けていくというのを意識していました。クランクアップの時は、達成感というより、何もない、ただただ空っぽでしたね。

■編集で、川村元気は脇腹を刺す

 ――李監督からみて川村さんのすごさは

 李:僕のことばかり言っていますけど、彼も非常に容赦ないところがある。撮影が終わってから侃々諤々(かんかんがくがく)するのは、やっぱり編集作業なんですね。そこで彼は、シンプルに「ここはいらないですね」「もっと短くならないか」と指摘していく。ひどい言い方ではないけど、非常に正直な物言いをしますよね。僕みたいにぐるぐると考えながら作っていると、脇腹を急に刺されるような。もうちょっと言い方を考えて(笑)とは思います。

 川村:脚本は頭でやるんです。そして、現場は心でやる感じだと思うんですけど、編集は生理的にどうかというところで判断しています。「ここのカットはこう、こういうロジック」ではなくて、「何かこのセリフに説得されない」「つながりがすっきりしない」「飽きてきて時計が見たくなる」というような生理的に違和感があるところを素直に伝えていく。そこで何で違和感を覚えたのかを、言葉にしないといけないんですけど、そうすると、監督の脇腹を刺すような発言にもなることがあるんですね。

 あと、映画の撮影現場は、演劇だなと思っています。演劇は、生身の人がライブでやっているから、すごく感動する。でも、それがカメラのフレームで切り取られて、編集という行為がなされた瞬間、演劇的な感動と全然違うことになっちゃうことが多い。演劇的な感動を持ち込んでいるんじゃないかと疑われるところを、どう手術するかというのはあるのかもしれない。

 李:その観点は、僕も共有しています。撮ったものが、映ったときに変容するのは、今までも見てきているので。

 ■難しいけど「気持ちが動いた」

 ――「怒り」は「悪人」のチームが6年ぶりに集結したことでも話題です

 川村:「悪人」も「怒り」も、ともに犯罪から始まる人間ドラマを描いた作品です。だから、「どうやっても『悪人』と比較される」というのが僕の中で引っかかっていて。実は、もう一度李監督と組むなら、違うジャンルでやりたかったんです。

 李:目には見えないけれど、誰もが抱えている感情や人の心の複雑さをどうやって面白いドラマにするか。3本分の映画になるような話を、1本分の濃度にしなければならない……。映画化は正直難しいと思いました。

 ただ、難しいというのと、気持ちが動くのは別なんです。難しいからやりたくない、やれない、というのとは違う。難しいけれど、気持ちは動くんです。決め手は何だったんだろうな。いまだに分からないんです。

 川村:2年前、吉田さんと李監督と3人で飲んだ時に、「怒り」の話ばかりになった。その時に「李さんは『怒り』をやりたいんだ」と思った。「やりたい」という言い方はせずに、「難しいよね」としか言わないんですけど。「何だかんだ言って、李さんはやりたいんだ」と思って、僕も覚悟を決めました。

 ――そうやって完成した映画がいよいよ公開です

 川村:今は、映画もユーチューブで見られる時代。確かに、そういうものもあってしかるべきだけど、正装して、クラシックをコンサートホールで聴くような感じで見る映画が年に1本ぐらいはあってもいいと思うんですよね。「怒り」はそういう映画になったと思っています。「気軽に見に来てください」と宣伝する映画はいっぱいあるけど、決してそうは言えない映画。僕は、良質なクラシックコンサートを聴くと、1週間ぐらい余韻で生きていけるようなところがある。「怒り」もそういう作品になったので、映画館で見て欲しいなって思っています。

 李:映画に対して、挑んできてもらえればいいかなと思います。払ったお金に見合うのかどうか、そういう気持ちで見に来てもらって構わないと言える映画になりました。

 リ・サンイル 1974年、新潟県生まれ。大学卒業後、日本映画学校に入学し、映画を学ぶ。2004年、村上龍原作・宮藤官九郎脚本の「69 sixty nine」で監督としてメジャー進出。06年の「フラガール」は、日本アカデミー賞最優秀作品賞、監督賞を始め、国内の映画賞を独占し、第79回アカデミー賞の外国語映画賞の日本代表に選出された。13年の「許されざる者」はクリント・イーストウッド監督・主演のオリジナル作をリメイクした。

 かわむら・げんき 1979年、横浜生まれ。上智大学文学部新聞学科卒業後、映画プロデューサーとして「電車男」「告白」「悪人」「モテキ」「バケモノの子」「バクマン。」などの映画を製作。2011年には優れた映画製作者に贈られる「藤本賞」を史上最年少で受賞。12年の初小説「世界から猫が消えたなら」が130万部突破の大ベストセラーとなり映画化。今年の映画公開作に「君の名は。」「何者」がある。3作目の小説「四月になれば彼女は」を11月に刊行予定。(聞き手・丹治翔)

朝日新聞社

最終更新:9月17日(土)14時56分

朝日新聞デジタル

TEDカンファレンスのプレゼンテーション動画

斬首動画が何百万回も再生されてしまう理由
昔は街の広場で、現代はYouTubeで。歴史を通じ、公開処刑には必ず人だかりがつきものでした。人が処刑というものを、恐ろしく不快に感じながらも、つい気になって見てしまうのはなぜか。フランシス・ラーソンが人間と公開処刑の歴史、中でも斬首刑に焦点を当てて解説したこのトークは、気分の良い内容ばかりではありませんが、同時に興味をそそること間違いないでしょう。