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地方自治体はなぜ災害時に行方不明者を匿名にするのか?法的根拠もない「実名非公表」は決して許されない

産経新聞 9月17日(土)11時15分配信

 10日で発生から1年が経過した東日本豪雨をめぐっては、鬼怒川決壊で甚大な被害が出た茨城県常総市で連絡の取れない市民の氏名を非公表としたことが批判されたが、8月30日に台風10号で甚大な被害が出た岩手県岩泉町でも、再び同様の問題が生じている。災害の度に繰り返される行方不明者の匿名公表。専門家からは「非公表とするのは法的根拠が薄い」との声も上がる。近年は毎年のように風水害が発生しており、安易な自治体の「責任逃れ」を許さぬよう、国レベルで個人情報のあり方を議論すべき時期が来ている。(市岡豊大、小林佳恵)

 昨年9月、常総市は鬼怒川決壊の後、「連絡が取れない人」として15人の数字を発表したが、氏名は明らかにしなかった。捜索が続く中、発生5日後になって突然、14人の無事確認と残る1人が虚偽通報だったことが発表された。

 関係機関との連携にも疑問符が付く。県警に行方不明情報が寄せられても県や市のリストに入らず、市の発表した15人と別に2人の死亡が確認される結果となった。

 一方、岩手県岩泉町のケースでは「安否未確認者」の数を地区ごとに公表したが、数は毎日変動した上、県の発表と食い違った。発生6日目になって県と照合したが、食い違いの原因は町が死亡者を計上し忘れるなどの「単純ミス」(同町)だった。この時点で県警はすでに「安否未確認者」の全員が、死亡している可能性の高い「行方不明者」とみて集中捜索に乗り出していた。

 町は非公表の理由について「基本的に町から公表することはない。警察が行方不明者として出せば合わせる形になる」と説明した。9日目になってようやく県と町は「行方不明者」と認定したが、県内7人のうち氏名が公表されたのは宮古市の沢田和利さん(65)だけ。「家族の同意が得られた」ためで、他の岩泉町の6人については、5人は家族不同意で公表せず、1人は8日時点で家族と連絡が取れていないという。

 行方不明者として認定しつつ、氏名が明かされないことについて県の担当者は「県警と県との間のやり取りで、このようなイレギュラーな状況になっているのは事実。通常、亡くなっている可能性の高い行方不明者であれば発表することは承知している」とする。

 氏名を公表すれば早い段階で行方不明かどうかが判明した上、同時に関係機関の混乱も生じなかった可能性がある。岩泉町民会館に避難している会社員、山本隆幸さん(30)は「災害のときは個人情報とか関係ないのでは。公表すれば隣近所の関係が強い地域なので情報がすぐに集まるはず」といぶかる。

 行政側の言い分はさまざまだ。常総市の担当者が氏名非公表の理由にあげていたのが、本人の同意なしに個人情報提供を禁じた市の個人情報保護条例。しかし、岩泉町の幹部は「災害時は例外に当たり、法制度上の問題はない。あえて言えば県と同一歩調を取るため」と明かす。

 有識者はどのようにみているのか。新潟大学法学部の鈴木正朝教授(情報法)は「災害時には基本的に安否不明者の氏名は公表するのが筋だ。その上で、実名か匿名かは、新聞協会で基準を作り、報道各社が責任を持って判断すべきだ」と指摘する。

 鈴木教授によると、報道機関側が主体的に判断できる態勢をつくらないと、「メディアコントロール」が起きる恐れがある。もし報道機関が判断を誤り、プライバシー権を侵害する事態を招いた場合には司法判断で報道側が違法性を問われることになる。

 安否不明者や行方不明者をめぐる行政の対応が一貫しない理由について、鈴木教授は「公表後に無事だったことが判明した場合に本人からクレームが寄せられるのが怖いのだろう」と推測。その上で、岩手県が「家族の同意」を公表の条件にしていることについて鈴木教授は「そういうロジックは法学上出てこない。自治体が責任を免れようとしているだけであって、法的根拠がないのに憲法で保障された報道や表現の自由に勝るわけがない」と主張する。

 一方、メディアスクラム(集団的過熱取材)が起きたときに行政側が過剰に個人情報を出し渋る事態につながることも予測される。それでも鈴木教授は「確かに議論すべきことだが、それが氏名を公表しない理由にはならない」と話す。

 現在、個人情報保護に関しては、国や民間企業とは別に、全国の各自治体がそれぞれ条例を持っている状態で、自治体ごとにばらつきがある。鈴木教授は「海や山の災害、地震、河川の氾濫などのほとんどが自治体を超えて被害が出ている。こうした災害対応はもはや国レベルの問題。基本的な考え方を法律で定め、条例で補足する形にしていくべきだ」と指摘する。

 地球温暖化に伴い、大気中の水蒸気量が増加して風水害が激しくなることは定説になりつつあり、今後も毎年のように災害が発生することが想定される。その中で高度な知見も災害経験もない個々の市町村に適切な判断を委ねるのは限界がある。行方不明者情報に対するガイドラインを事前に策定しておくことが求められる。

最終更新:9月17日(土)11時15分

産経新聞