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英出身「ISの花嫁」S・ジョーンズ容疑者、その役割が明らかに

The Telegraph 9月17日(土)12時0分配信

【記者:Josie Ensor】
 2年以上前から、女の最重要国際指名手配犯とみなされている人物がいる。英出身で国外逃亡中のイスラム過激主義者、サリー・ジョーンズ(Sally Jones)容疑者だ。

 ジョーンズ容疑者は、バーミンガム(Birmingham)出身のイスラム過激派「イスラム国(IS)」戦闘員、ジュネイド・フセイン(Junaid Hussain)容疑者と結婚するため、ケント(Kent)州を出てシリアへ渡った。以後、ジョーンズ容疑者のIS内での生活をうかがい知る唯一の手掛かりは、ソーシャルメディアに投稿された一握りのメッセージしかなかった。

 だが本紙は今回、シリア在住の活動家らやトルコ南部に住むIS離反者から入手した情報をまとめ、ジョーンズ容疑者とその11歳の息子、「ジョジョ」ことジョー・ディクソン(Joe Dixon)君の動向を浮かび上がらせることができた。

 女手一つで生活保護を受けながら2人の子を育てていたジョーンズ容疑者は、自分の人生に対する不満を徐々に募らせていた。そんな頃、コンピューターハッカーだった当時19歳のフセイン容疑者とオンラインでチャットを始め、彼に夢中になっていった。

 流出したISの文書によると、フセイン容疑者は2013年7月にトルコからシリア北部のジャラーブルス(Jarabulus)入りしたという。ジャラーブルスはISが事実上の首都を置くシリア北部ラッカ(Raqa)に近く、ISに新たに加わる戦闘員の大半がこのルートを使っている。

 ジョーンズ容疑者がフセイン容疑者の後を追ってシリアに渡ったのは、それから半年後のこと。学校はクリスマス休暇に入っており、ジョー君は9歳の誕生日を迎えたばかりだった。長男は当時18歳で、交際相手の女性と一緒に英国にとどまることを選んだ。

 ジョーンズ容疑者は、シリアに入国したその日にフセイン容疑者と結婚。北部イドリブ(Idlib)で、数人の立会人を前にささやかなイスラム式の結婚式を挙げた。ジョーンズ容疑者は正式にイスラム教に改宗し、自分の名を「サキナー・フセイン(Sakinah Hussain)」、ジョー君の名を「ハムザ(Hamza)」にそれぞれ改めた。

 ラッカには、「ラッカは静かに虐殺されている」(RBSS)という反IS組織が存在する。これは同市在住者のネットワークで、身の安全を守りながら情報を入手し続けられるよう、全員匿名で活動している。

 RBSSのメンバーの一人の話では、結婚したばかりの二人はラッカ到着後に引き離された。フセイン容疑者は訓練を受けるため地方へ向かい、ジョーンズ容疑者はラッカ南西部のタラ(Tala)キャンプに送られた。そこで6週間、ISへの忠誠心を試され、ISにおけるシャリア(Sharia、イスラム法)の解釈を教え込まれたという。

 数週間後、フセイン容疑者はラッカ出身の23歳のシリア人女性を「第2夫人」として迎えた。2人の妻は、ラッカ中心部の富裕地区の一つとされる通りで、同じ建物に住んでいたと考えられている。

 ジョーンズ容疑者は「Umm Hussain al-Britani」という仮名を使い、ソーシャルメディア上でISでの暮らしがいかに素晴らしいかを吹聴していた。他のIS信奉者に対し、欧米への攻撃を呼び掛け、一方でISによる斬首刑を擁護して自分も同じことをすると誓っていた。この手口で、アカウントが閉鎖されるまでに数十人の女性をISに勧誘したとされる。

 ISで最も有能なハッカーの一人で、ITの知識が豊富なフセイン容疑者はたちまち昇格した。ISによる大規模なハッキング攻撃の一部や、欧米のIS共感者らをインターネット上で勧誘して「一匹おおかみ型」の攻撃を遂行させる活動への関与も疑われていた。

 そのため米国が標的とみなすIS幹部リストの中で、最高指導者のアブバクル・バグダディ(Abu Bakr al-Baghdadi)容疑者と「ジハーディ(聖戦士)・ジョン(Jihadi John)」の通称で知られるモハメド・エムワジ(Mohammed Emwazi)容疑者の次に位置付けられていたのがフセイン容疑者だった。米国はフセイン容疑者の動向を追跡し続け、昨年8月、容疑者の車に無人機攻撃を仕掛けて殺害した。

 フセイン容疑者の死はISにとって大きな損失だったが、ジョーンズ容疑者が覚えた喪失感は恐らくそれ以上に大きかっただろう。2人の妻のうち、若い方の第2夫人は再婚したが、47歳のジョーンズ容疑者は独身のままだ。

 前出のRBSSの活動家はテレグラフ(Telegraph)に対し、「年を取り過ぎているとみなされて再婚しなかった。IS戦闘員は若い女性を好むから」と明かした。

 フセイン容疑者の死後、ジョーンズ容疑者には欧州から新たに加わった女子戦闘員全員の訓練という任務が課され、「アンワル・アウラキ(Anwar al-Awlaki)大隊」の秘密女子部隊のトップに任命された。

 アンワル・アウラキ容疑者は米国生まれのイスラム教指導者で、イエメンを拠点とする武装組織「アラビア半島のアルカイダ(AQAP)」を率いていた。2011年に米軍がイエメンで行った無人機攻撃で死亡した。

 その名にちなんでこの組織を立ち上げたのがフセイン容疑者だった。欧米における攻撃の計画と実行を目指す外国人戦闘員のみで構成されている。
 
 ジョーンズ容疑者は欧州出身の女子戦闘員らに、武器の使い方や戦い方、「欧米の標的向けの自爆攻撃の使命」を実行する方法について指導していた。

 ISから月給700万ドル(約7万円)に加え、優れた「殉教者」の未亡人への特別手当として300ドル(約3万円)が数か月ごとに支給されているとされる。

 RBSSの活動家によれば、ジョーンズ容疑者は夫の死後欧米に対する憎悪を強め、「より暴力的」になったという。

 ISから離反し、現在はトルコのガジアンテプ(Gaziantep)付近に住むシリア人男性も、ジョーンズ容疑者の役割を認めた。「ISは組織にとって非常に重要だった人物の未亡人に敬意を払っている」と、元IS戦闘員は語った。「ISは重要な戦闘員らに対し、彼の死後も遺族を敬い、良い生活を保証するというメッセージを送りたいのだ」と指摘している。

「ジョーンズ容疑者本人も影響力を持っている。彼女がいたからこそ、欧米から多くの少女をラッカに引き寄せることができた。キリスト教徒やロック好きの少女らを説き伏せて過激派にするのは容易ではない」

 IS内で指導的な役割を果たしている女子戦闘員は、かつてISの財務を統括していた故アブ・サヤフ(Abu Sayyaf)容疑者の妻のウム・サヤフ(Umm Sayyaf)容疑者を除けば、ジョーンズ容疑者以外にはいないと考えられている。

 ジョーンズ容疑者は、ラッカ西部のタブカ(Tabqa)にある14歳未満の少年向けのキャンプに息子を入隊させた。昨年12月、ジョー君が11歳になった直後だったという。

 このキャンプに入った子どもたちは、アラビア語と英語、フランス語を教わり、ISによるイスラム法の解釈を学ぶ。さらにいつの日か戦場に立てるよう、武器の使い方の指導も受ける。

 ラッカの活動家らは、同キャンプにはジョー君の他にも英出身の子ども約15人が訓練を受けているとみている。ただ子どもたちは仮名を与えられているため、その身元については確認が取れたわけではないとしている。【翻訳編集】AFPBB News

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最終更新:9月17日(土)12時0分

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