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支配下登録のシーズンは全て3位以内 広島の“Aクラス請負人”左腕

ベースボールキング 9月17日(土)9時0分配信

 広島が10日、25年ぶりにリーグ優勝を果たした。優勝の瞬間に一軍の舞台には立てなかったが、久本祐一は中日時代から含めると5度目の優勝経験となった。

 02年中日でプロ入りした久本は、自身が支配下選手登録としてプレーしている間、チームは全てAクラスに入っている。

【支配下選手時代のチーム順位】
<中日時代>
02年:3位
03年:2位
04年:1位
05年:2位
06年:1位
07年:2位
08年:3位
09年:2位
10年:1位
11年:1位
12年:2位

<広島>
13年:3位
14年:3位
16年:1位

【育成選手時代】
<広島>
15年:4位

 久本は01年ドラフト4位で中日に入団。入団前の01年、中日は5位に沈んだが、久本がプロ入りした1年目の02年に3位。翌03年は山田久志監督(当時)がシーズン途中に休養を発表したが3位に入った。この年、久本はリリーフを中心に51試合に登板して、1勝1敗1セーブ、防御率3.22と頭角を現す。

 04年に落合博満が監督に就任してから中日は黄金時代を築き、4度のリーグ優勝、1度の日本一と“万年2位”から脱却した。久本はリーグ優勝した04年はリリーフで38試合に登板し、06年も27試合に登板して防御率1.76と活躍。球団初の連覇を達成した10年と11年は目立った活躍をすることはできなかったが、11年はシーズン終盤にリリーフで存在感を見せた。

 しかし、指揮官が高木守道氏に変更した12年は5試合の登板にとどまり、戦力外通告を受け、同年オフに広島へ移籍した。

 移籍1年目の13年に、巨人との開幕カード2戦目に先発。その後は先発とリリーフの両方をこなし、チームに欠かせない存在感を発揮した。チームも1997年のAクラス入りを果たし、球団初のクライマックス・シリーズに進出。中日時代から続く自身のAクラス入りをこの年12年に伸ばした。ちなみに、中日は12年ぶりにBクラスに終わっている。

 14年も広島は3位に入ったが、同年11月に左肘の手術を受けたため、翌年は育成契約に。久本が育成契約となった15年の広島は、優勝候補に挙げられながらも4位に終わる。そしてこの年のオフに再び支配下登録選手に復帰。久本はここまで1試合の登板に終わっているが、チームは開幕から圧倒的な強さを誇りリーグ優勝となった。

 久本が持つ“Aクラス力”。久本が中日に退団した後、中日は3年連続Bクラスに沈み、今季もBクラスが確定。加入前に16年連続でBクラスに終わっていた広島は移籍後、強豪チームに生まれ変わりつつある。久本が支配下登録選手でプレーすると“Aクラス”の伝説は、来年以降も続いていくのか注目だ。

BASEBALL KING

最終更新:9月17日(土)9時15分

ベースボールキング

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