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<パワハラ>部下を次々辞めさせた「女帝」の末路

毎日新聞 9月18日(日)9時10分配信

 「パワハラ」は、自分を追いつめてがんばる人ほど無意識のうちにしてしまいがちです。実際、そうした状況に陥った会社の事例と解決策を特定社会保険労務士の井寄奈美さんが解説します。

 ◇頭角を現すとともに暴走し始め……

 ある女性向け商品の企画会社に、社歴18年で企画部チーフデザイナーのAさんという女性がいました。彼女は「女帝」と呼ばれていました。

 通常、企画部は専門学校や美大出身の契約社員ばかりでしたが、Aさんは経済学部卒の総合職でした。

 Aさんは、入社時は営業部に配属されましたが、3年目に企画部に異動してから自費で夜間専門学校に通って必要な知識を身につけました。そして、営業部の担当者と積極的に顧客を訪問して得た情報を企画に生かすなどして、頭角を現していきました。企画部のデザイナーは直接顧客とは接触せず、営業部からの要望を聞くのが通例でした。Aさんはその通例を崩し、新たな手法を確立したのです。

 驚いたのは会社の上層部でした。実は、Aさんの入社当時は女性営業職がおらず、総合職として採用したものの、扱いに困って一時的に企画部に配属したのが本音でした。Aさんは非常にプライドが高く、顧客に頭を下げることができない性格で、営業部から放り出された人材だったからです。

 会社の本音を知ってか知らでかAさんは猛烈に努力して専門知識を身につけ、顧客からの信頼も得て、企画部に“君臨”するようになっていきました。

 企画部に配属された当初、AさんはチーフデザイナーBさんの下で仕事をしていました。職人気質でモノづくりへのこだわりが強いBさんの企画はクリエーティブなものでしたが、会社の顧客層に合わないものも少なくありませんでした。

 顧客からさまざまな情報を得ていたAさんは、Bさんの企画を会議などで否定するようになります。顧客名とその企業の意見を数多く挙げて、売り上げデータなども示しながら、Bさんに反論の余地を与えません。さらに、Bさんが体調を崩して1週間ほど休んだ間に、商品サンプルの発注先に連絡して依頼の内容を全部変更することまでやってのけたのです。明らかに「暴走」でした。

 ただ、企画部のトップは男性部長でしたが、Aさんの暴走ぶりに見て見ぬふりをしていました。Aさんの企画は斬新さに欠けるものの、顧客ニーズを満たしていたので短期的な売り上げに貢献したのです。会社の全体会議でも「企画部は何をしているんだ」という声が多かったのが、Aさんの活躍で「企画部は積極的に営業部のサポートをしている」と認識されるようになっていきました。

 やがてBさんは「家庭の事情」を理由に10年以上勤務した会社を辞め、Aさんがチーフデザイナーを務めることになりました。

 ◇陰で「女帝」と呼ばれて社内では孤立

 Aさんがチーフになってから、企画部の雰囲気はピリピリしたものになりました。毎日午後3時、部のメンバーが打ち合わせテーブルに集まり、一息つく習慣はなくなりました。Aさんがデスクにいるときは誰も話さず、席を外していると伸び伸びと仕事をするのです。

 営業担当者も、Aさんの機嫌を損ねると顧客の要望を企画に取り入れてもらえないため、Aさんの顔色を見て仕事をするようになりました。そして、社員は陰でAさんを「女帝」と呼び始めました。

 さらに、Aさんの厳しい指導ぶりから、退職する部下が続出しました。Aさんは「教える時間が無駄」と考えていることを部長に伝えたため、肩書は変えずに部下なしで処遇されるようになりました。

 やがて、企画部でAさんより社歴が長い人が結婚や転職で1人ずつ辞めていき、Aさんは社内で孤立していきます。Aさんが確立した営業手法が社内全体で行われるようになると、営業担当者はAさん以外のデザイナーに同行を依頼するようになったのです。

 一方で、市場環境が大きく変わって、会社の業績は右肩下がりとなり、ついに企画部が閉鎖されることになりました。会社はAさんに子会社の経理部門への異動を命じましたが、Aさんは退職を申し出ました。

 ◇無意識の要求がハラスメントに

 Aさんの送別会の幹事を誰がやるのか、手を挙げる人がいないまま時間だけが過ぎていきました。転職活動をしていたAさんは、自分だけでなく周囲の社員にも取らせなかった有給休暇を積極的に取るようになり、結局、退職するまで送別会が開かれることはありませんでした。20年近く勤めた会社を去るとき、誰にも見送ってもらえなかったのです。

 Aさんは自分の仕事に一生懸命でした。しかし、自分を追いつめてがんばる人ほど、他人にもそのがんばりを無意識に要求しがちです。その要求は「ハラスメント」となることもあります。

 自分だけががんばっているのではありません。働く人として他人の人格や考え方を尊重する気持ちを持つことが大切です。

最終更新:9月18日(日)9時10分

毎日新聞